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鯉名の銀平 こいなのぎんぺい
監督 田中徳三
公開年 1961年
評点[B]
感想  今日は、市川雷蔵主演の『鯉名の銀平』を観た。監督は田中徳三で、昭和三十六年(1961)の作品。

 元は博打打ちだった下田の船大工の銀平(市川雷蔵)は、好きな女お市(中村玉緒)が自分の兄弟分の卯之吉(成田純一郎)と恋仲であることを知ると下田を離れて旅に出た。4年後、下田がかつて自分の親分と敵対していた帆立の丑松(安部徹)の縄張りになったことを旅先で知ると、銀平は下田に足を向ける。

 長谷川伸の原作の映画化(脚本:犬塚稔)。以前観た阪東妻三郎版『鯉名の銀平 雪の渡り鳥』とは冒頭の主人公の境遇から始まって、異なる部分が多い。
 モノクロ末期で映像はシャープだし(撮影:武田千吉郎)、田中監督の演出も歯切れが良いが、サイレントの阪妻版と比べてしまうと情感に乏しい面があり(最後、やはり雪が欲しかった)、銀平も旅に出る前と後とであまり変わっていないように見える。
 作品が時代劇中心でもテンポの良い近代的な田中監督の演出はウエットな長谷川伸原作には今ひとつ合わないのかな、と思った。それでも、最後はジーンとさせられてしまうのだけれども。(2005/04/19)

鯉名の銀平 雪の渡り鳥 こいなのぎんぺいゆきのわたりどり
監督 宮田十三一
公開年 1931年
評点[A]
感想  今日は、阪東妻三郎主演の『鯉名の銀平 雪の渡り鳥』を観た。監督は宮田十三一で、昭和六年(1931)の作品。

 伊豆は下田の貸元の子分だった鯉名の銀平(阪東妻三郎)は、恋しい茶屋娘お市(望月礼子)が兄弟分の爪木の卯之吉(岡田喜久也)と好きあっているのを知り、わらじをはいて旅に出る。4年後に帰ってくると、自分の親分と対立していた帆立の丑松(堀川浪之助)が下田を支配していて……。

 原作は長谷川伸(脚本:きよし・ささを)。お決まりの股旅物だが、前半で情けないくらい煩悩に苦しむ主人公の姿と、ふっきれた後半での姿との対比が効果的。お市と卯之吉はまぁまぁという感じだが、お市の父親の五兵衛(児島三郎)が、役柄・演技ともに良かった。
 サイレント作品だが、タイトル画面(台詞画面)が全く無い。弁士中心で“声色・鳴物入り”で見せる作品だったのだと思うが、最初からタイトル画面が無いのか上映時にカットしてしまったのかどうかはわからない。
 映像は繋ぎ方などオーソドックス。殺陣はコマ落としで古さを感じさせるが、多数対多数の出入り(喧嘩)の場面ではシルエット処理していて面白かった(撮影:永井政次)。

 長谷川伸作品の中でもキャラクター/ストーリーともに上質の作品ではないだろうか。こういうタイプのストーリーが好きではない人には面白くないだろうが。幾度もリメイクされているので、トーキー作品も観てみたい。(2004/08/19)

恋文 こいぶみ
監督 田中絹代
公開年 1953年
評点[C]
感想
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恋文
恋文

 今日は、田中絹代監督の『恋文』を観た。昭和二十八年(1953)の作品。

 海軍士官だった真弓礼吉(森雅之)は終戦から5年経ってもまだ完全には立ち直れず、現実的な働き者の弟・洋(道三重三)の住むアパートに同居していた。そのうち戦友の山路直人(宇野重吉)と渋谷で偶然再会し、彼の恋文代筆屋で共に働くことにする。実は礼吉の心は、行方不明の幼なじみ久保田道子(久我美子)のことで占められていたのだが……。

 田中絹代の初の監督作。原作は丹羽文雄の小説で、木下恵介が脚本を担当している。
 今は地名だけ残っている渋谷の恋文横丁の物語だが、恋文代筆屋とは米兵のオンリー(日本での愛人、現地妻)だった女性が帰国してしまった米兵に送金の催促をする手紙を英文で代筆する仕事だったとは、寡聞にして知らなかった。もっとロマンティックなものだと思っていたのだが……。というわけで、終戦後数年の社会を背景にした作品になっている。
 そのためと、現在では性に関する倫理観が大幅に変わってしまっているためもあって、今から観ると理解しづらいところもある。その当時では切実なテーマだったのだと思うが。小津の『風の中の牝鶏』や亀井文夫&山本薩夫の『戦争と平和』をちょっと彷彿とさせる。また、オンリーやパンパン(街娼)を日本人全員が直視すべき社会問題として描いてはいるのだが、やはりどうも少々見下したような視線も感じられる。
 テーマやストーリーを離れて田中絹代の演出を見てみると、デビュー作にしてはそつなくまとまった作品になっている。脚本の木下恵介の他、カメラはベテランの鈴木博、助監督は石井輝男、俳優陣も香川京子や沢村貞子、夏川静江、そして花井蘭子や笠智衆など多くの大物俳優が脇役やチョイ役で出演していて、監督や俳優たちのバックアップを受けたようだ。正直なところ傑出したところはないが破綻もない。
 メインキャストの中では、宇野重吉は悪い時は臭い演技になるが、この作品ではほどほどに押さえていて意外と良かった。森雅之の弟役の道三重三という珍しい名の人は、演技が硬くてイマイチ。(2005/05/20)

恋も忘れて(戀も忘れて) こいもわすれて
監督 清水宏
公開年 1937年
評点[B]
感想  今日は、清水宏監督の『恋も忘れて』を観た。昭和十二年(1937)の作品。

 港町に住む雪(桑野通子)は、ホテルのダンスホールのホステスをしながら一人息子の春雄(爆弾小僧)を育てている。ホテルの用心棒の恭介(佐野周二)は母子に好意を寄せるが、母親の商売ゆえに雪と春雄に対する世間の目は冷たい。

 清水宏監督のモダン趣味が出た作品であるが、のちの児童映画を先取りするように、春雄と彼を取り巻く子供たちが詳細に描かれていて、実質的には春雄が主人公とも言えるかもしれない。
 港や霧の立ち込める街角、雪たちの住むアパートなど、実にモダン。しかし、春雄がどこでも母親の仕事のためにいじめられたり、友達になってくれたのは中国人の子供たちだけだったことなど、シリアスで社会派的な雰囲気がある。また、冒頭の労働争議(というほどでもないが)など、昭和十二年の段階では、ここまで許されていたとはちょっと驚き。
 映像の保存状態は良く、画像も戦前の作品としてはシャープ。霧の出ている裏通りは、どうやって撮ったのだろうか(撮影:青木勇)。それと、室内の撮り方も、パンフォーカス的というか、縦の構図を多用していて近代的。洋画の影響だろうか。(2002/08/07)

恋や恋なすな恋 こいやこいなすなこい
監督 内田吐夢
公開年 1962年
評点[A’]
感想  今日は、内田吐夢監督の『恋や恋なすな恋』を観た。昭和三十七年(1962)の作品。

 平安時代、天文博士の秘伝書をめぐる争いによって阿部保名(大川橋蔵)は乱心し、既に没している恋しい榊の前(瑳峨三智子)の姿を求めて野山をさまよう。偶然、榊の前の妹である葛の葉(瑳峨三智子)に救われて一時の平穏を得るが、都からの追っ手に襲われる。傷を負って山に逃れた保名を助けたのは、また榊の前に似た娘(瑳峨三智子)だったが……。

 文楽などで有名な『保名狂乱』『葛の葉』(正式名称:『芦屋道満大内鑑』)として知られる物語の映画化(脚本:依田義賢)。
 多くの特殊効果を用いた作品として有名で、アニメーション合成の原画は東映動画の有名なアニメーター森康二(森やすじ)によるもので、美術協力の一人にはイラストレーターの蕗谷虹児の名がある。
 大川橋蔵は元々歌舞伎の人なので踊りのシーンなど見事。一人三役を演じた瑳峨三智子〔嵯峨美智子〕もどっちかというとキツネ系の顔なので(失敬)役柄に合っていた。保名と榊の前が拷問を受けるシーンや時代劇としてはかなり官能的なラブシーンなど、内田演出の力強さを感じさせた。
 特殊効果を用いた部分は、前半の狂乱した保名が踊るシーンの表現が実に美しく、そのあとのシーンへのつなぎ方もアッと驚かされた。序盤の天変地異の表現も、まずまずわかりやすい。中盤以降は、「それ、狐?」と言いたくなるような表現の仕方があったり、終盤の舞台的なセットも違和感があり“実験作”という感じがした。元々、超自然的・ファンタジー的な作品なので、終始前衛的な表現で通しても良かったかも……と思ったりもした。
 しかし、これほど実験的要素の強い作品だとは思わなかった。監督のチャレンジ精神は凄いと思う。(2005/10/27)

恋山彦(戀山彦) こいやまびこそうしゅうへん
監督 マキノ正博
公開年 1937年
評点[C]
感想  今日は阪妻主演の『恋山彦(総集編)』を観た。監督はマキノ正博(雅弘)で昭和十二年(1937)の作品。原作は吉川英治、脚本は比佐芳武。

 伊那の里の主である伊那の小源太(阪東妻三郎)は、お品(花柳小菊)という旅の女を妻に迎えることになる。彼女は三味線の名人の娘で、三味線の名器“山彦”を柳沢吉保(河部五郎)に所望され拒んで殺された父親の遺志を継ぎ、“山彦”を守ろうとしていた。将軍綱吉(尾上菊太郎)の失政と柳沢吉保の専横に憤った小源太は、ついに幕府に対して反旗を翻すが…。

 これは“総集編”と銘打ってあるように、本来は2編あった作品を編集したものらしい。それゆえ、展開が雑で話が見えづらいところがあるのが残念。この総集編は1時間と四十数分だが、2時間くらいは欲しかった。
 阪妻たちの演技は、今観ると少々オーバー。将軍や柳沢吉保を非難するときに声が裏返っちゃうのは、ちょっと変。立ち回りや合戦、そしてモブシーンなどにはマキノ監督らしいダイナミックさがあると思う。(2001/01/06)

幸運の仲間 こううんのなかま
監督 佐伯清
公開年 1946年
評点[C]
感想  今日は、エノケン&シミキン主演の『幸運の仲間』を観た。監督は佐伯清で、昭和二十一年(1946)の作品。

 失業中の啓一(榎本健一)と勘太(清水金一)の二人はおっちょこちょいの臆病者。幼なじみの食堂カロリー軒の娘お新(山根寿子)が励ますが、何をやっても長続きしない。そんな二人の前に謎の娘・幸子(池眞理子)が現れると、二人は俄然はりきりだすが……。

 浅草オペラ出身の喜劇役者である榎本健一と清水金一が顔合わせした作品。
 終戦の翌年の作品で、序盤に民主選挙をPRするようなエピソードがあり、それに加えて全体のテーマは失業者あふれる中で仕事を選ばず働こうという勤労のメッセージのようだ。ただし、喜劇仕立てなので序盤の選挙のエピソードを除けばお説教臭さは薄い。
 しかし、二人が見せるギャグはサイレント時代のスラップスティック調でいかにも古くてテンポも悪く、会話もあまり面白くない。二人と女性二人の関係もお定まりの人情噺風。脚本(山下与志一)と演出の双方に責任があると思う。大物喜劇俳優の二人が主人公なので、対等に描くため気を使いすぎたのかな。
 中盤に二人が歌う民謡メドレーは芸達者さの片鱗を見せてくれる。序盤の選挙エピソードで候補者として高勢実乗が登場するのが戦後映画としては珍しかった。いつもの持ちネタ「アーノネ、オッサン、ワシャカナワンヨ」に似た台詞も言う。(2005/11/14)

紅顔の若武者 織田信長 こうがんのわかむしゃおだのぶなが
監督 河野寿一
公開年 1955年
評点[B]
感想  中村錦之助主演の『紅顔の若武者 織田信長』を観た。監督は河野寿一で、昭和三十年(1955)の作品。

 戦国時代、尾張の国の実力者である織田信秀(柳永二郎)の嫡子・信長(中村錦之助、のち萬屋錦之介)は奇行を繰り返し、織田の親族や家臣たちは信秀に廃嫡を強く勧めていた。そんな中、美濃の国の斎藤道三(進藤英太郎)は尾張の国を狙って娘(高千穂ひづる)を信長に嫁がせ、さらに信長との会見を求める。

 山岡荘八の作品の映画化(脚本:結束信二)。題名通り、本当に若き日の信長を描いている。
 錦之助が演じているが、メイクがちょっと過剰に見えた。汚しすぎのような。また、力んで演技している感じで、台詞回しが怒鳴りすぎのようにも思えた。彼はどうしても気品が残るので、“うつけ者”を演ずるために頑張りすぎたのかもしれない。
 粗筋や描いている範囲は戦前の片岡千恵蔵主演の『風雲児信長』と似ているが、ダイナミックさが印象に残る千恵蔵版に比べると、錦之介版は信長と濃姫の関係などが細かく描写されている。斎藤道三の描写も多く、進藤英太郎の憎めない悪役像が良い。(2004/04/21)

皇室と戦争とわが民族 こうしつとせんそうとわがみんぞく
監督 小森白
公開年 1960年
評点[B]
感想  今日は、小森白監督の『皇室と戦争とわが民族』を観た。昭和三十五年(1960)の作品。

 神武天皇(嵐寛寿郎)が東征して橿原に都を定められてから、皇統は二千六百有余年連綿として続いてきた。昭和十二年の盧溝橋事件以来、日本は太平洋戦争への道をたどり、国民は敗戦の苦汁を嘗め国土は荒廃した。しかし戦後、日本国民は昭和天皇を中心として一致団結し目ざましい復興に成功したのであった。

 新東宝の『明治天皇と日露大戦争』以来の天皇ものの一つ。やはり嵐寛寿郎が神武天皇役を務める。さすがに、当時在位中だった昭和天皇は象徴的に表現され、役者が演技する姿は登場しない。昭和天皇の御真影や実写フィルムは使いまくっているが。
 序盤の神武天皇軍の東征シーンで、ハリボテに金紙を貼った八咫烏(やたがらす)が登場したときは、どうなることかと思った。今だったらCGでどうにでもなるが、当時でもアニメーション合成くらいできなかったのだろうか。予算の都合か。
 それが終わると、いきなり盧溝橋事件を昭和天皇に報告する御前会議の場面になり、それ以降太平洋戦争の終結に至るまで、昭和天皇が常に戦線拡大に反対し平和を願っていたことが強調される。そして、終戦後の後半は昭和天皇の地方行幸や皇太子(今上天皇)御成婚などの実写フィルムがほとんどで、あたかも皇室アルバムと化す。
 六十年安保当時の社会風潮に対する政治的意図が露骨で、映画としてはバランスの悪い作品。脚本(内田弘三)にも演出にも当時の新東宝社長の大蔵貢の意向が強く反映されているのだろう。

 ただし、中盤の宮中の場面や終戦に反対する一部青年将校たちが決起した事件の場面などは、俳優たちの緊張感ある演技によって見ごたえのある映像になっている。登場場面の多い木戸内大臣(佐々木孝丸)を始めとして東條英機(嵐寛寿郎、二役)・米内海相(近衛敏明)・近衛公(細川俊夫)など重臣を演ずる俳優陣は皆重厚さを感じさせてくれる。
 終戦反対工作の部分では、中心となる畑中少佐を演じた宇津井健がかなり良い。こういう硬い役柄が合っているのだろうか。他の作品ではあまり強い印象を残さない明智十三郎(殺害された森師団長の役)や沼田曜一(田中軍司令官の役)も、佐官や将官らしい威厳と迫力を感じさせる。日本の俳優は兵隊役だと外れがないというが、軍隊を生で知っている世代は特にそうなのだろう。今の人間がやると、ここまでハマるかどうか。若き日の菅原文太も決起将校の一人として登場。(2004/12/23)

好色一代男 こうしょくいちだいおとこ
監督 増村保造
公開年 1961年
評点[A’]
感想  今日は、 市川雷蔵主演の『好色一代男』を観た。監督は増村保造で、昭和三十六年(1961)の作品。

 京の大両替商・但馬屋の跡取りである世之介は、根っからの女好きで若い頃から放蕩三昧。父親(中村鴈治郎)に修行として江戸支店に行かされたが、そこでも遊びまくってついに勘当。しかし、それでめげるはずもない世之介は、全国を渡り歩いて女遍歴を重ねる。

 有名な井原西鶴の同題作品の映画化(脚本:白坂依志夫)。市川雷蔵が活き活きと動いて、名コメディアン(仏語では“俳優”の意)ぶりを発揮してしている。関西出身だけに、増村保造流の過剰なまでの台詞の多さも流麗な上方弁のおかげで気にならない。
 世之介を取り巻く若尾文子・中村玉緒・水谷良重などなどが演ずる女性たちも、それぞれ巧みに描かれている。増村監督は溝口健二の助監督についていたことが多少関係しているのだろうか。
 増村監督初の時代劇だそうだが、切れ味よい演出がハマって、テンポよく時間が進んでいく。ただ、ひたすら脳天気に見える世之介が時々封建社会批判的なことを言うのが気になったが、それもあったから、より印象に残る作品になったのかな……という気もする。ちょっと社会派臭が露骨な気がしたけど。あるいは、井原西鶴の原作に内包されている風刺を観客にわかりやすく表現した……と解釈することもできるかな。
 とにかく「面白い」作品だった。喜劇的な作品の雷蔵は素晴らしい。ただ、女性が観るとどうなのだろーか。この雷蔵みたいな男性には惹かれるのかな?(2003/03/28))

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