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太夫さんより 女体は哀しく(女体は哀しく 「太夫さん」より) こったいさんよりにょたいはかなしく
監督 稲垣浩
公開年 1957年
評点[A’]
感想 『女体は哀しく 「太夫さん」より』(にょたいはかなしくこったいさんより)を参照

琴の爪 ことのつめ
監督 堀川弘通
公開年 1957年
評点[B]
感想  今日は、堀川弘通監督の『琴の爪』を観た。昭和三十二年(1957)の作品。

 元禄十六年の初頭。前年に吉良を討って細川越中守の屋敷に預けられている大石内蔵助(八世松本幸四郎)以下17名は、自分たちに対する処分の決定を待ちかねていた。最年少の磯貝十郎左衛門(中村扇雀、のち中村鴈治郎)は張りつめた言動を続けていたが、おみの(扇千景)という若い女が執拗に面会を求めてくる。そんな磯貝を心配する大石。

 副題に「元禄忠臣蔵 大石最後の一日より」とあるように、真山青果の大作『元禄忠臣蔵』からの1エピソード(脚本:菊島隆三・若尾徳平)。溝口健二の映画版『元禄忠臣蔵』では、最後にいきなりおみのという女性が登場するので面食らってしまったが、この作品では上映時間の約一時間が全てこのエピソードに費やされているので、わかりやすい展開になっている。
 当時の中村扇雀は若々しく、紅顔の美男子だったといわれる磯貝十郎左衛門に相応しい。真に悟っているのではない、突っ張ったような態度もよく表現していた。先代の松本幸四郎の大石は、舞台や他の何本もの忠臣蔵映画でもおなじみで、まさにはまり役。おみの役の扇千景は、若い娘の可憐さがよく出ていた。現在の元建設大臣扇千景から考えると隔世の感だが……。
 ストーリー自体は、原作がそうなのだが、史実通りではないし展開に少々無理があるのは仕方ないところ。しかし、出演者の好演で完全な絵空事になることからは逃れられているようだ。大石たちの世話係である細川家家臣の堀内伝右衛門を演じた中村鴈治郎(二世)も好演で、赤穂義士とおみのという異なる要素の良い橋渡し役になっていた。(200312/22)

五人の兄妹 ごにんのきょうだい
監督 吉村公三郎
公開年 1939年
評点[B]
感想  今日は、吉村公三郎監督の『五人の兄妹』を観た。昭和十四年(1939)の作品。

 マッチ工場を経営していた北川徳太郎 (藤野秀夫)は、選挙違反を犯した上に自殺してしまう。残された五人の兄妹のうち、長男の健一郎(笠智衆)は父親代わりとなって、次男要二(日守新一)・三男良三(伊東光一)・四男四郎(磯野秋雄)・長女すえ子(大塚君代)を育てていく。

 かなり若い頃の笠智衆が年齢相応の役を演じている。生真面目すぎて、内容も日中戦争が激化して戦時体制下になりつつあることを反映していて、今で言うと文部省推薦映画のような堅苦しいところもある。しかし、木下恵介の脚本(これが第一作)の兄弟の争いと防空演習を重ね合わせたシーンや、割れた野球ボールの使い方は上手いと思った。また、描かれている戦前の庶民の生活は美しいし、資料的価値もあるかも。
 ただ、最後の一シーンは蛇足のような。ハッピーエンドだかそうでないのだか、よくわからない。(2001/10/21)

五人の斥候兵 ごにんのせっこうへい
監督 田坂具隆
公開年 1938年
評点[B]
感想  今日は、 田坂具隆監督の『五人の斥候兵』を観た。昭和十三年(1938)の作品。

 昭和十二年の北支戦線。岡田部隊長(小杉勇)は、総攻撃に備えて藤本軍曹(見明凡太郎)以下、遠藤一等兵(長尾敏之助)・長野一等兵(星ひかる)・中村上等兵(井染四郎)・木口一等兵(伊沢一郎)の計五人を斥候として敵陣を偵察させた。敵陣に深入りしすぎた彼らは包囲され窮地に陥る。

 昭和十三年初頭の公開で、同年のキネ旬第一位。前年に勃発したばかりの日中戦争(当時の呼称は支那事変)を舞台とした作品。原作者として高重屋四郎という名が出るが、これは監督の変名であるという(脚本:荒牧芳郎)。
 冒頭で、岡田部隊は当初の200名から80名にまで減じたことが語られて戦いの厳しさが示されるが、戦闘よりも隊長と部下あるいは戦友同士の心の繋がりを中心として描いている。中盤に斥候が出されてからは緊迫感が増すものの、やはりその中心は斥候たちを想う隊長や戦友たちである。
 『君が代』が唐突に登場するのは浮いているし、登場するのは“忠勇無双の我が兵”ばかりで少々ステレオタイプ的。ただし、当時の人は今の人間よりも遥かに大真面目だったことも事実かもしれない。また、その中でも戦陣での生活を通じて兵の生の姿を描き出そうと努めている。終盤で描かれる戦友愛は確かに感動的で、それこそが主題だったのだろう。ことさらな戦記高揚のメッセージはなく、隊長が部下の生命を心配している様子がたびたび描かれるのが印象的。
 同時代作だけあって、兵士たちの動作や戦闘の際の身のこなしはなかなかリアル。戦前作としては画質・音質共に良く、カメラワークも安定したわかりやすさがある。

 『五人の斥候兵』はベネチア映画祭の大衆文化大臣賞(民衆文化大臣賞という翻訳もあり)を受賞し、海外の映画祭で賞を受けた日本初の作品となった。昭和十二年に日独伊防共協定が締結されていたとはいえ、受賞は政治的配慮によるものだけでもないと思う。(2004/01/05)

御法度 ごはっと
監督 大島渚
公開年 1999年
評点[B]
感想
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御法度
御法度

 今日は久しぶりに映画館に行って大島渚監督の『御法度』を観る。う〜ん、ある意味、非常に凄い…。(2000/01/09)

小早川家の秋 こはやがわけのあき
監督 小津安二郎
公開年 1961年
評点[B]
感想
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小早川家の秋
小早川家の秋

 今日は、小津安二郎監督の『小早川家の秋』を観た。昭和三十六年(1961)の作品。

 京都の南、酒どころの伏見(補注:正しくは伏見ではなく[なだ]。メールでご指摘いただきました)にある造り酒屋の小早川家の大旦那(中村鴈治郎)は隠居しているが、最近かつての愛人(浪花千栄子)と再会して京都にある彼女の家に足しげく通っている。経営が楽でなく大会社との合併の話もある中、三女の紀子(司葉子)と死んだ長男の未亡人・秋子(原節子)に縁談が持ち込まれる。そんな中、大旦那が突然倒れる。

 小津監督が東宝で唯一撮った作品。関西で撮影したので、東宝の子会社の宝塚映画作品ということになっている。
 この作品は例によって娘や未亡人の縁談が一つのテーマになっているが、道楽者の大旦那の生と死を描くのも、もう一本のテーマである。むしろ、後者の方に比重が傾いているので、未亡人の秋子の再婚相手として何度か森繁久弥が登場するのが、ちょっと浮いているように見えた。当時、東宝の大人気スターだったので出演したのだが。
撮影中、小津監督とはしっくりしなかったのは有名。
 大旦那の行動はかなり喜劇的に撮られているが、なぜかもうちょっとのところで、私個人的には笑うところまでは行かなかった。どうしてだろう。人が死ぬのは小津作品としては珍しくないが、終盤にそれが強調されるのは珍しい。黛敏郎の音楽ともあいまって、何だか小津作品としては奇妙な印象が残る一作。

 他の晩年の小津作品同様、これもカラー作品。黒味が強めでコントラストがきつく、カラーが強調されているような感じもあって、少々人工的だが、あまり褪色はしておらず鮮やか。フィルムの傷もほとんど無い。最も作品数の多い松竹が一番保存が良くないというのは、どういうことだろう…。
 ただ、掲示板で指摘されたように、終盤の原節子と司葉子が屋外で会話する場面の切り返しで、空の色味が大きく異なるのは目についた。太陽の位置の関係だろうか。カラーもまだ初期のためか、屋外の緑も強すぎるように感じた。

 ちなみに、題名はコハヤガワと読ませる。コバヤカワだと音が強すぎるので小津が嫌ったと言われているが、本当だろうか。(2002/05/27)

殺しの烙印 ころしのらくいん
監督 鈴木清順
公開年 1967年
評点[A’]
感想
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殺しの烙印
殺しの烙印

 今日は、鈴木清順監督の『殺しの烙印』を観た。昭和四十二年(1967)の作品

 殺し屋ランキングNo.3の花田(宍戸錠)は組織の依頼で、ある男を護送する。元ランカーの相棒・春日(南廣)は死んだが、花田は仕事をやりとげた。だが、謎の女・美沙子(真理アンヌ)の魅力にとりつかれた花田は自分を見失い、正体不明の伝説の殺し屋No.1に狙われるようになる。

 鈴木清順監督の日活最後の作品(脚本:具流八郎)。この作品のために清順監督は経営陣の怒りを買って日活を追われ、10年の雌伏を余儀なくされたと言われているが……。
 実際観てみると、監督が思いついたケレン味あふれる絵面を繋いでいって作られたような作品で、テンポはバラバラでストーリーの脈絡は不明。粗筋の論理を追っていくと、わけがわからなくなるだろう。しかしながら各シーンを個々に観てみると、非常に奇抜でユーモアを感じさせるところもあって楽しめると思う。『東京流れ者』でも見せていたような清順監督のユーモア、私は嫌いではない。好きでない人は白けるかもしれないが。
 宍戸錠は一人芝居的なシーンが多いが、よく演じきっている。たいした役者だ。真理アンヌも癖のある顔だが(鼻が大きい……)、独特の魅力がある。南原宏治も、怖さとユーモアを感じさせる部分を両立させて好演。
 モノクロ映像は非常にシャープでテクニックも駆使され、監督の意図をよく反映していると思う(撮影:永塚一栄)。

 主人公がタクシーに乗って会話する冒頭部分から、あの押井守監督の『紅い眼鏡』を思い出した。タクシーの他にも“見つめる謎の女”(『紅い眼鏡』では兵藤まこ)などこの作品から強い影響を受けているようだ。
 しかし、同じくわけわからない作品といっても洗練されたものを感じられる『殺しの烙印』と明らかに“安い”作品の『紅い眼鏡』との差は……。演出者の資質の違いか、撮影所子飼いのスタッフ・俳優がいた時代と映画会社の撮影所が崩壊して遥か後の時代との差か……?(2004/12/31)

権三と助十(權三と助十) ごんざとすけじゅう
監督 伊丹万作
公開年 1937年
評点[A]
感想  今日は、伊丹万作監督の『権三と助十』を観た。昭和十二年(1937)の作品。

 長屋の大家・六兵衛(高堂国典)は家賃を集めに回るが、図々しい店子(たなこ)どもは全く払おうとはせず、中には逆に六兵衛から金を貸りるやつもいる始末。ある日、店子の政(横山運平)が高利貸を殺した容疑で捕らえられる。政の娘おとわのために駕籠かきの権三(鳥羽陽之助)と助十(小笠原章二郎)は、なんとかしてやりたいが……。

 『半七捕物帖』で有名な岡本綺堂の原作を伊丹万作が脚本・演出。
 冒頭でちょっとのんびり展開される大家と長屋の住人たちとのやり取りがユーモラスで、これは終始コミカルな作品かな? と思ったら中盤で事件発生、後半はまた捕らえられた政をなんとか救おうとする長屋の住人と大家、という抑揚のある展開。
 テンポが遅いとは思わないが少しのんびりしているような展開は『赤西蠣太』の雰囲気を感じさせるので、これが伊丹万作監督の持ち味だろうか。脚本も巧みだし、映像もオーソドックスなようで目立たない細かいテクニックも使われているように感じた(撮影:三木茂)。
 お人よしの大家を演じた高堂国典が素晴らしいし、長屋の住人たちも人が良いだけでなく図々しさも併せ持ち、各々個性豊かで面白い。進藤英太郎も意外な役で登場。大岡越前(深見泰三)を完全に単なる脇役にしたのは映画オリジナルだろうか。謎解きはちょっとあっけないが、それはそれで良いように思う。ちょっと山中貞雄の『百万両の壺』を彷彿とさせる良質の明朗時代劇。
 現存する数少ない伊丹万作作品の中でもコメディ作だという『気まぐれ冠者』も観たくなった。(2004/05/19)

こんにちわ20才 こんにちはにじゅっさい
監督 森永健次郎
公開年 1964年
評点[B]
感想  今日は、吉永小百合主演の『こんにちわ20才』を観た。監督は森永健次郎で、昭和三十九年(1964)の作品。

 石沢カナ子(吉永小百合)は母(轟夕起子)と妹(田代みどり)と、女ばかりの三人暮らし。女ばかりでは物騒だし寂しいので、二階に下宿人を入れようという話になる。だが、カナ子は反対する。実は、彼女の姉は三人とも下宿人と結婚していたのだ。そんな中、新しい下宿人の川崎豊(高橋英樹)がやってくる。

 原作は石坂洋二郎の『若い娘』で(脚本:井出俊郎)、石坂作品らしい明朗作品。音楽の使い方や演出・映像など、映画というよりも昔のテレビドラマっぽい感じがする。例えば、コミカルな場面に流れる音楽は、いかにもって感じで。特筆すべきところは無いが、そこそこ楽しめるコメディ。(2001/07/15)

婚約三羽烏 こんやくさんばがらす
監督 島津保次郎
公開年 1937年
評点[B]
感想  今日は、島津保次郎監督の『婚約三羽烏』を観た。昭和十二年(1937)の作品。

 長らく失業していた加村週二(佐野周二)は、やっと繊維会社のサービス・ステーション(今で言うショールーム)の従業員として採用され、一緒に採用されたバンカラ風の三木信(佐分利信)と優男の谷山健(上原謙)と友人になる。加村には同棲していたカフェーの女(三宅邦子)、三木と谷山には婚約者がいるにもかかわらず、社長の美しい令嬢・玲子(高峰三枝子)に夢中になってしまう。

 “松竹三羽烏”と高峰三枝子が顔を合わせた超豪華キャストの作品。この4人のスケジュールを合わせるのは至難の技だったそうで、尺の長さは1時間5分ほどの小品。内容も他愛ないラブコメだが、テンポ良い展開と、くどくないアッサリとした喜劇的な演出で、そこそこ楽しめる娯楽作にはなっていると思う。(2002/11/21)

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