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孔雀秘帖 くじゃくひちょう
監督 内出好吉
公開年 1960年
評点[B]
感想  今日は、東千代之介主演の『孔雀秘帖』を観た。監督は内出好吉で、昭和三十五年(1960)の作品。

 大名の森播磨守(若山富三郎)が江戸参勤中、先祖が徳川家康から拝領した家宝の“孔雀の兜”が行方不明になり、家老の赤松内膳(阿部九洲男)と一色主水(原健策)が謀反を起こして城を乗っ取った。兜を探す忠義派の里村隼人(里見浩太郎)や小夜(花園ひろみ)が家老一派に襲われると、謎の浪人(東千代之介)が現れて危機から救った。はたして兜はどこにあるのか……。

 原作は陣出達朗(脚本:結束信二)。二本立てのプログラムピクチャーだったのか、1時間弱の商品だが、そのため余計な部分が無く展開がスピーディでテンポが良かった。作品中に占める殺陣の場面の割合が高く、若山富三郎が刀ではなく槍を振るって戦うのも珍しい。
 ストーリーは秘宝のありかを記したアイテムの争奪戦で、昔の時代劇では定番だが、その秘宝の場所を知るためのアイテムが工夫されていて、それを求めて右往左往する人々の姿が面白かった。(2003/05/17)

郡上一揆 ぐじょういっき
監督 神山征二郎
公開年 2000年
評点[B]
感想
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郡上一揆
郡上一揆

 今日は、神山征二郎監督の『郡上一揆』を観た。平成十二年(2000)の作品。

 美濃国郡上藩の領主・金森頼錦(河原崎建三)は実収を増やすため、一定の量の年貢を取り立てる定免法〔じょうめんほう〕から収穫高に応じて年貢の高を決める検見取り〔けみどり〕に改めようとした。負担が増えることを知った百姓たちは猛然と反発。前谷村の助左衛門(加藤剛)のせがれ定次郎(緒方直人)や切立村の喜四郎(古田新太)らは百姓を代表して、繰り返し弾圧を加える藩と戦っていく。

 宝暦四年(1754年)に勃発して数年に渡って郡上藩と幕府を揺るがした“郡上一揆”を描いた作品(原作:こばやしひろし/脚本:加藤伸代・神山征二郎)。
 神山監督が長年温めていた企画だそうで、実に生真面目な正攻法の作風。定次郎や助左衛門・喜四郎ら“立百姓”(一揆に加担した百姓。藩に屈服した者は“寝百姓”)が完全無欠の英雄、まさに神の如き人物として描かれ、彼らを中心とした行動を追っている。
 しかし、歴史ドキュメンタリー番組の再現ドラマという感じで、領主・金森が検見取りに改めようとした経緯や、何よりも百姓の暮らしがあまり描かれていないため、彼らがああまで反対するのが今ひとつ腑に落ちず、観客に迫ってこないものがあると思う。定次郎と新妻(岩崎ひろみ)のエピソードで泣かせようとしたりするよりも、百姓の苦しい暮らしを克明に描いた方が訴える力は強いのでは。展開も演出もやや単調に感じられた。
 ただ、時代考証はしっかりしていて、駕篭訴や箱訴(目安箱への投書)の場面はリアルで迫力がある。また、終盤のリアリズムで貫かれた厳しい描写には、そこまでやるかと驚かされるので、最後まで観る価値はある作品かもしれない。(2005/07/10)

沓掛時次郎 くつかけときじろう
監督 池広一夫
公開年 1961年
評点[B]
感想  今日は、市川雷蔵主演の『沓掛時次郎』を観た。監督は池広一夫で、昭和三十六年(1961)の作品。

 信州沓掛生まれの時次郎(市川雷蔵)は、溜田の助五郎(須賀不二男)から受けた一宿一飯の義理のために六ツ田の三蔵(島田竜三)と刀を交える。しかし、助五郎の正体を知った時次郎は三蔵の妻おきぬ(新珠三千代)と息子の太郎吉(青木しげる)を実家へ送り届けてやろうとするのだが……。

 何度も映画化されている長谷川伸原作の市川雷蔵主演版(脚本:宇野正男・松村正温)。
 雷蔵と同世代で仲が良かったという池広監督は、宮川一夫のキャメラを得て歯切れが良い演出。助五郎らによって徐々に時次郎とおきぬたちが追い詰められていく様子もわかりやすく、時次郎が門付けをして世過ぎをする場面もあったりするのも面白い(原作にあるのかもしれないが)。終盤の殺陣の演出も工夫されている。
 しかし、雷蔵もまだ若いためか悲壮感に欠け、時次郎たちが長逗留する旅館の女将(杉村春子)と時次郎を助ける宿場の親分(志村喬)も、良いキャラクターではあるのだが存在感が強すぎてテーマを拡散させてしまっているような。
 また、時次郎のおきぬたちに対する思いも渡世人としての“義理”のみのように見え、隠された恋情があるようには感じられなかったので、少し物足りない。のちの加藤秦監督版『沓掛時次郎 遊侠一匹』の方が、悲劇的な結末に向かって収斂していく構成と時次郎を演じた中村錦之助の演技、双方とも勝っているような気がする。個人的には、加藤秦演出にはアクが強いというか執拗なところを感じてちょっと辟易することもあるのだけれども。(2005/01/19)

沓掛時次郎 くつかけときじろう
監督 辻吉朗
公開年 1929年
評点[A’]
感想  今日は、大河内傳次郎主演の『沓掛時次郎』を観た。監督は辻吉朗で、昭和四年(1929)の作品。

 なんの縁も恨みもないが渡世の義理で六ツ田の三蔵(葛木香一)を斬った沓掛時次郎(大河内傳次郎)。三蔵の女房おきぬ(酒井米子)と息子の太郎吉(尾上助三郎)にまで刃が向けられたので時次郎は二人をかばって旅に出るが、浮世の風は冷たく……。

 何度も映画化された長谷川伸原作の最初の映画化(脚本:如月敏)で、サイレント。私が観たことのある市川雷蔵版(監督:池広一夫/昭和三十六年)と中村錦之助版(監督:加藤泰/昭和四十一年)と比べると、かなり異なる点がある。
 この作品ではまず六ツ田の三蔵が斬られる理由が描かれ、旅の途中で時次郎とおきぬが思い合っていく様子が具体的なエピソードで示されている。古い作品なのに二人が惹かれあって行くことがかなり明確に表現されているので、ちょっと驚いた。
 大河内傳次郎の、冒頭のいかにもやくざな様子から旅をするにつれて変わっていく様子の演じ分けが良く、二人に親切にする旅籠の主人夫婦(中村吉次・杉浦くに)のキャラも面白い。映像的には、序盤の時次郎VS三蔵の斬り合いでのカメラの動き方が面白い(撮影:谷本精史)。
 サイレントで1時間強の長さだが、登場人物の心の動きがわかりやすく哀感も豊かな佳作だと思う。(2005/09/12)

沓掛時次郎 遊侠一匹 くつかけときじろうゆうきょういっぴき
監督 加藤泰
公開年 1966年
評点[A’]
感想  今日は、中村錦之助主演の『沓掛時次郎 遊侠一匹』を観た。監督は加藤泰で、昭和四十一年(1966)の作品。

 渡世人の時次郎(中村錦之助、のち萬屋錦之介)は、一宿一飯の恩義のために嫌々ながらも六ツ田の三蔵(東千代之介)を斬る。その男に妻子のことを頼まれたので待ち合わせ場所へ行くと、それは偶然にも旅の途中で言葉を交わしたことのある、おきぬ・太郎吉(池内淳子・中村信次郎)母子だった。母子の暮らしが立つ場所まで送り届けるため、時次郎は二人と共に旅する。

 長谷川伸原作の映画化作品(脚本:鈴木尚之・掛札昌裕)。錦之助は『瞼の母』『関の弥太っぺ』に続く長谷川伸原作作品の主演。
 この頃の錦之助は実に良い。どこか寂しさを覗かせる渡世人にピッタリ。おきぬは綺麗だが、もう少し薄幸そうな雰囲気があってもいいかも。それと、母子の描写がもう少しあったら、と思った。
 映像的には、冬の雰囲気がよく出ている。ただ、ローアングルにこだわる必然性はあまり感じなかったりして。(2003/04/05)

虞美人草 ぐびじんそう
監督 溝口健二
公開年 1935年
評点[C]
感想  今日は、溝口健二監督の『虞美人草』を観た。昭和十年(1935)の作品。

 若き学者・小野清三(月田一郎)は、かつて恩を受けた井上孤堂(岩田祐吉)に、その娘・小夜子(大倉千代子)との結婚の約束を果たすよう迫られて悩んでいた。資産家の娘・藤尾(三宅邦子)に惹かれていたからだ。だが実は、高慢な藤尾は宗近一(夏川大二郎)という許婚がありながら小野に言い寄っていた。

 原作は夏目漱石の同題小説。映画では“潤色”として伊藤大輔、“脚色”として高柳春雄の名がある。
 私は原作を未読で粗筋しか知らないが、映画は全体として文字通りダイジェスト版という感じ。話はスイスイ進むがキャラが掘り下げられず、コクが全く無いのは溝口作品としては珍しい(のちの『楊貴妃』がちょっと似ているかも)。特に、藤尾の描写があまりなく小夜子一人がヒロインのようになっているのも、作品の趣旨をあまり伝えられていない一因ではないだろうか。藤尾の最期が欠けているのも痛い。
 全体の長さが七十数分では無理があったのだろうが、夏目漱石の世界は溝口監督には合わなかったのかもしれない。現存フィルムの状態が物凄いのも、興を削ぐ原因になっている。画像は一部を除いて雨が降りっぱなしだし、音もノイズが酷く所々字幕で補っているような状態。もう少し良い状態で観てみたい。(2002/03/16)

雲ながるる果てに くもながるるはてに
監督 家城巳代治
公開年 1953年
評点[A]
感想
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雲ながるる果てに
雲ながるる果てに

 今日は、家城巳代治監督の『雲ながるる果てに』を観た。昭和二十八年(1953)の作品。

 昭和二十年四月、九州南端の基地で出撃の時を待つ特攻隊員たち。学徒出陣で海軍に入った若者たちは、生真面目な大瀧(鶴田浩二)・繊細な深見(木村功)・無頼の松井(高原駿雄)・ひょうきんな笠原(沼田曜一)など各々個性に溢れていたが、待ち受ける運命は一つであった。

 戦没飛行予備学生の遺稿『雲ながるる果てに』を基にした作品(脚本:直居欽哉・八木保太郎・家城巳代治)で、初めて特攻隊を正面から採りあげた映画だという。レッドパージで松竹を追われた家城監督が独立プロダクション製作(重宗プロ)で復活した第一作。
 終戦からわずか8年後に登場人物と同世代の俳優たちが演じていることもあって、特攻隊員たちそれぞれの個性ある人間像の描き方が実に見事。ストーリーがあるわけではない原作を基にして、いくつものエピソードを作り巧みに構成している。カラリとした性格で無頼を気取る松井が一番の儲け役だが、確実な死に直面して悩む大瀧や深見の姿には感動させられざるを得ない。そして終盤は……ただ涙。
 独立プロ製作映画の一つではあるが、人間の描き方が紋切り型ではなく左翼映画とか反戦映画という枠を越えるものがある作品だと思う。家城監督の演出はかなりパセティックというかセンチメンタルなものを感じさせ、日本人好みの“情”に訴えてくる作品。
 ただし、一部の高級士官の描き方は図式的で、ラストシーン近くでリアリティを損ねて最後に画竜点睛を欠いてしまった感があるのは、ちょっと残念だ。
 映像的にはオーソドックスだが(撮影:中尾駿一郎・高山弥)、飛行機の飛行シーンがほとんどないのは技術的・予算的にいたしかたないのだろうか。

 松竹の二枚目スター俳優だった鶴田浩二が意欲的に出演し、彼が特攻隊出身だと自称するきっかけとなった作品でもある。深見に思いを寄せる女性の瀬川(山岡比佐乃)を演じているのは、のちの山岡久乃だというのでビックリ。若い!(2005/01/10)

蜘蛛巣城 くものすじょう
監督 黒澤明
公開年 1957年
評点[B]
感想
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蜘蛛巣城
蜘蛛巣城
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黒澤明
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 今日は、黒澤明の『蜘蛛巣城』を観た。昭和三十二年(1957)の作品。

 戦国時代、蜘蛛巣城主・都築国春(佐々木孝丸)の重臣・鷲津武時(三船敏郎)は、森で出会った物の怪(浪花千栄子 )の予言を盲信し、自らの運命を狂わせていく。

 西洋の古典好き(?)の黒澤監督がシェークスピアの『マクベス』を大胆に翻案した作品(脚本:小国英雄・橋本忍・菊島隆三・黒澤明)。世界で最良のシェークスピア映画とも言われているらしい。
 古典の映画化のためか、三十年代頃までの黒澤作品にしては熱を感じず、様式美が勝っているように見えた。シェークスピア作品の膨大な台詞を巧みに刈り込んで日本映画として成り立たせているのは見事だが、世評が高いだけに、もう少し傑出したものがあることを期待してしまった。私には少々高尚すぎるのかもしれない。ただ、妄執の権化のような鷲津の妻・浅茅を演じた山田五十鈴の狂気の演技と、矢で射すくめられる鷲津の最期のシーンの三船敏郎の演技は凄い。(2002/08/29)

鞍馬天狗 黄金地獄(鞍馬天狗 横浜に現はる) くらまてんぐおうごんじごく
監督 伊藤大輔
公開年 1942年
評点[C]
感想  今日は、嵐寛寿郎主演の『鞍馬天狗 黄金地獄』を観た。監督は伊藤大輔で、昭和十七年(1942)の作品。

 時は明治四年。政府の横浜運上所は、関税の中に金の割合が低い不良通貨が大量に混入しているため対策に頭を痛めていた。その相手は政府の蒸気船建造を請け負っている大商人ヤコブ(上山草人)なので、軽々しく手を出せない。その頃、横浜をにぎわせているサーカス団の下働きに、ぼんやりの倉田を略して“ぼんくら”と呼ばれている浪人・倉田典膳(嵐寛寿郎)がいた……。

 おなじみ大佛次郎原作の鞍馬天狗だが、この作品は伊藤大輔のオリジナル脚本。時代を一気に維新後に移してしまっている。
 鞍馬天狗が身を隠している場所の設定が面白く、序盤から中盤あたりまでは明治初年の横浜の町の風情やサーカス団の華やかなパレードと裏方の対比などが面白い。なぜか杉作(澤勝彦)たちとは初対面という設定が不思議だが……。
 しかし伊藤大輔らしく工夫された脚本だが、中盤以降はテンポが鈍り、舞台が地下道や夜の室内に移るので、何をやっているのかよくわからなくなってしまう。アイデアは良いのだが、当時の技術的限界に足を引っ張られてしまった。また、鞍馬天狗をスーパーマンではなく人間らしく描こうとしたのかもしれないが、強さが失せて終盤は後味の悪い展開になってしまったように思う。

 それと、これは伊藤大輔監督が嵐寛寿郎に300m駆けながら立ち回りする大移動カットを強いて寛寿郎が見事やり遂げたことで有名な作品だが、それらしい殺陣のシーンに意外と迫力が無かった。あるいは、現在残っているプリントはオリジナルより短いようなので、戦後の再公開時に(『黄金地獄』は再公開時のサブタイトル。公開当時は『横浜に現はる』だったらしい)GHQをはばかって殺陣の部分をカットしてしまったのだろうか?
 サイレント時代にハリウッドで活躍したという上山草人の外人っぷりはさすがだった。終盤の悪役としての迫力も満点。(2004/07/04)

鞍馬天狗 角兵衛獅子 くらまてんぐかくべえじし
監督 マキノ正博(雅弘)・松田定次
公開年 1938年
評点[B]
感想  今日は、嵐寛寿郎主演の『鞍馬天狗 角兵衛獅子』を観た。監督はマキノ正博(雅弘)と松田定次で、昭和十三年(1938)の作品。

 京で角兵衛獅子をしている杉作(宗春太郎)と新吉(旗桃太郎)が稼いだ金を落としてしまって困っていると、倉田という侍が金をくれた。実は彼こそは勤皇の志士を助けて近藤勇(河部五郎)以下の新選組と戦う鞍馬天狗(嵐寛寿郎)であった。

 大佛次郎原作の『鞍馬天狗』シリーズの現存しているものでは最も古い部類に入る作品だろうか。冒頭の方は画質・音質とも酷いので驚かされるが、観つづけていくうちに画質は良くなっていく。音質は悪いが、努力すれば聞き取れないほどでもない。所々わからない台詞があったが。
 現存しているフィルムは五十数分の小品だが、鞍馬天狗ものの基本が詰まっているという印象を受ける。特に、鞍馬天狗は子供が大好きなのが印象的だった。子供を虐待する者に対しては容赦しない。
 撮影は宮川一夫。画質が今ひとつなのが残念だが、冒頭の節分会の場面の、吊り下げられたお面をなめながらの移動撮影に、のちの宮川撮影の片鱗が見えているかもしれない。期待していたほど殺陣のシーンは多くなかったが、火事になった寺の中での殺陣が凄かった。ホントに燃やしたのだろうか。
 西郷吉之助(隆盛)役として志村喬が出演。眉毛を太く描いていてビックリ。(2003/07/28)

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