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水戸黄門漫遊記 第五話 火牛坂の悪鬼 みとこうもんまんゆうきだいごわかぎゅうざかのあっき
監督 伊賀山正徳
公開年 1955年
評点[B]
感想  今日は、月形龍之介主演の『水戸黄門漫遊記 第五話 火牛坂の悪鬼』を観た。監督は伊賀山正徳で、昭和三十年(1955)の作品。

 水戸黄門(月形龍之介)と助さん(三条雅也)格さん(加賀邦男)そして緋牡丹お蝶(千原しのぶ)の一行は、越前の福井城下で鬼面組なる強盗の一味を捕らえたが、首領を逃してしまった。一行が加賀の金沢城下に至ると、その時姫と名乗る女首領(浦里はるみ)は豊臣の残党を率い、さらなる大事件を起こしたことを知る。

 月形龍之介が水戸黄門を演じた一本。これは“第五話”とあるように連続して企画されたシリーズの一本らしい。尺の長さも一時間半に満たない。
 作品の山である事件が二つあって娯楽性を高めようとしているようだが(脚本:尾崎十三雄・浪江浩)、同じ月形の黄門ものでも後年のカラー作品に比べるとスケールが小さい感じでプログラムピクチャー的な雰囲気がある。
 加賀踊りの群舞や子役の松島トモ子の歌を入れたり、時には水戸黄門を危機に陥らせたりしてサービス精神たっぷりの展開になっているけれども、少々まとまりに欠けるのが安っぽい雰囲気を与えてしまうのだろうか。夜間のシーンでカットが切り替わるごとに明るさが変わっていたりしたのも安手な感じがした。
 ただし、上記のように見せ場が多く展開のテンポは速いので、傑作とか佳作と言えるかどうかは別として娯楽作品として観ることはできると思う。のちのTBSテレビ版と違って黄門サマが割りと自身の権威を利用して事件を解決するのも面白い。(2005/01/18)

水戸黄門漫遊記 飛龍の剣 みとこうもんまんゆうきひりゅうのけん
監督 安達伸生
公開年 1951年
評点[A’]
感想  今日は、大河内傳次郎主演の『水戸黄門漫遊記 飛龍の剣』を観た。監督は安達伸生で、昭和二十六年(1951)の作品。

 東海道は赤坂宿の近くに住むお米(関千恵子)・お光(春野すみれ)姉妹は白ひげを生やした不思議な老人(大河内傳次郎)に何かと親切にしてもらった。その老人こそは水戸の光圀公である。光圀は佐々木助三郎(本間謙太郎)・渥美格之進(阿部九州男)と共に、城内で秘密の工事をしているという噂のある尾張城下に向かい、尾張の徳川義春公に面会しようとしていたのであった。

 大河内傳次郎の水戸黄門は昭和九年の『水戸黄門 来国次の巻』(監督:荒井良平)などの3本以来だという。
 前半から中盤にかけては水戸黄門ものの定番的エピソードが続くが(脚本:八尋不二)、それがコミカルで大河内傳次郎も乗って演技しているようで楽しい。終盤の月形龍之介が演ずる悪役との対決は緊迫感がある。脇差を持って静かに迫る月形の迫力はさすが。 時折コマ落しやスローモーションを交えたコミカルな演出も滑っておらず(撮影:武田千吉郎)、昭和九年の無声映画版同様のユーモアとテンポの良い展開で楽しませてくれる娯楽時代劇の佳作。
 しかし、題名と内容は何の関係があるのだろうか……?(笑)(2006/01/03)

水戸黄門 密書の巻(水戸黄門 密書の卷) みとこうもんみっしょのまき
監督 荒井良平
公開年 1935年
評点[A’]
感想  今日はNHK衛星で放映された『水戸黄門 密書の巻』を録画して観た。前作『来国次の巻』の続編で昭和十年(1935)年の作品。監督は、荒井良平という人だそうな。
 このシリーズの水戸黄門は、テレビドラマでは助さん格さんに「こらしめてやりなさい!」と命ずるところを、「助さん格さん遊んでおあげ」と言うから面白い。また、前作に引き続いて戦前の喜劇役者アノネのオッサンこと高瀬實乘(たかせみのる)が出演していた。この人を観るのは、もちろん初めて。
 さて、次回『血刃の巻』では、ついに柳沢吉保の陰謀が暴かれる。御老公の運命やいかに!(2000/07/25)

水戸黄門 来国次の巻(水戸黄門 来國次の卷) みとこうもんらいくにつぐのまき
監督 荒井良平
公開年 1934年
評点[A’]
感想  NHK衛星で放映された『水戸黄門 来国次の巻』を録画して観たっす。昭和九年(1934)年の作品だというから、相当古い。原作は大佛次郎で脚色は山中貞雄。あの天才映画監督による脚本か。主演は大河内傳(伝)次郎。
 これは無声映画だが(弁士は澤登翠)、サイレント特有のスラップスティックが楽しい。なぜトーキーになるとスラップスティックコメディが成り立たなくなるのか不思議だなぁ。この水戸黄門は、すぐに正体がばれてしまうのが笑える。もちろん印籠は無し。
 チャンバラ&追っかけのいいところで終わったと思ったら、明日放映の『密書の巻』に続く、だって。昔の映画って、こんなんだったんだろうか。一週間ごとに新しいのが上映されたそうだから。(2000/07/24)

緑の大地 みどりのだいち
監督 島津保次郎
公開年 1942年
評点[A’]
感想  今日は、島津保次郎監督の『緑の大地』を観た。昭和十七年(1942)の作品。

 中国の青島(チンタオ)での運河建設計画に従事している技師・上野洋一(藤田進)のもとに新妻の初枝(原節子)がやってきた。初枝は、船で同室だった井澤園子(入江たか子)がかつて夫が思いを寄せていた人だったことを知って嫉妬し、洋一は地元住民の運河建設反対運動に遭って苦しむ。

 島津監督が“日華親善”をテーマに青島ロケを敢行した大作(原作:島津保次郎/脚本:山形雄策)。撮影に三村明、音楽作曲は早坂文雄と、スタッフも一流。三村明のハイキーなトーンが大陸の開放感を映し出して効果的。
 テーマは純然たる国策映画だが、若夫婦の間に立つ波風やそれに関わる女性を中心にしてホームドラマあるいはメロドラマを軸として運河建設問題を描き、登場する日本人も全てが美化されてはおらず不真面目なやつや悪人までいるので、単なる大政翼賛映画ではない奥行きがあると思う。
 中国人側も、日本人に対する不信感を抱いている人間が多いことが、限界があるとはいえそれなりに暗示されている。運河反対運動家の一人としてデビュー間もない池部良が登場している。
 登場人物が多いため展開のテンポが少しゆっくりめで、結末はやはり美化され気味だが、戦後の観賞にも耐える作品だと思う。(2004/02/19)

港の乾杯 勝利をわが手に みなとのかんぱいしょうりをわがてに
監督 鈴木清太郎(清順)
公開年 1956年
評点[C]
感想 『勝利をわが手に 港の乾杯』(しょうりをわがてにみなとのかんぱい)を参照

南の島に雪が降る みなみのしまにゆきがふる
監督 久松静児
公開年 1961年
評点[A]
感想
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南の島に雪が降る
南の島に雪が
降る(原作)

 今日は、加東大介原作・主演の『南の島に雪が降る』を観た。監督は久松静児で、昭和三十六年(1961)の作品。

 太平洋戦争末期の西部ニューギニアのマノクワリは連合軍の包囲下で孤立し、多くの日本兵が飢餓と疫病と空襲に苦しんでいた。司令部の杉山大尉(細川俊夫)は兵の士気を保つため、前進座の俳優だった加東軍曹(加東大介)を中心に演芸班を作ることを提案。司令官・浅川中将(志村喬)の許可を得て、元旅回りの役者だった鳶山一等兵(伴淳三郎)など演劇経験者や芸達者な兵士を集める。

 加東大介の経験談を基にした作品(脚本:笠原良三)。過酷な運命を甘受しながら人間性を失うまいと努力する人間の姿に感動させられます。
 演芸分隊の名目上の分隊長役に有島一郎。その他、桂小金治・三木のり平・フランキー堺・渥美清など、芸達者な名優が多数出演。フランキー堺の使い方が上手い。伴淳三郎の演技は、いつもの喜劇調でちょっと臭いが、田舎芝居の役者役なのでいいのかもしれない。(2002/11/13)

源義経(総集編) みなもとのよしつねそうしゅうへん
監督 萩原遼
公開年 1956年
評点[A’]
感想  今日は、萩原遼監督の『源義経(総集編)』を観た。昭和三十一年(1956)の作品。

 平治の乱で源氏が敗れて以来、源義朝の次男・牛若丸(中村錦之助、のち萬屋錦之介)は鞍馬寺に預けられていたが、平家の手はそこにも伸びてきた。奥州の藤原氏の招きによって弁慶(月形龍之介)らと共に陸奥に逃れ、源氏の再興と兄・頼朝(南原伸二、のち南原宏治)との再会を期するのであった。

 村上元三の原作の映画化(脚本:八尋不二)。オープニングタイトルに「NHK放送劇」とあったので、ラジオドラマにもなっていたらしい。『源義経』『続源義経』の2本で計180分の作品を合わせて102分強にした総集編。
 錦之助が映画界に転じてまだ数年目で若く、稚児姿も違和感なく美少年に見える。声もちょっと甲高い感じだが、かえって役に合っているかもしれない。ストーリーが生涯の前半生の部分なので、義経と母親の常盤御前(山田五十鈴)と義父(母の再婚相手)の一条大蔵卿(中村時蔵)との触れあいが中盤までの主なテーマになっている。
 山田五十鈴にはいつもの凄み(?)や色気は全くなく、離れて暮らす息子を想う心やさしき母親像を演じきっていて、何をやらせても上手いな〜と思った。錦之助の実父の時蔵が義経の義父を演じているのが面白い。初めて映像で見たが、やはり似ている。月形龍之介は弁慶を演ずるにはちょっとトウが立っているような気もするが、凄みや強さはさすがによく出ている。南原宏治も凄く若いけど、やっぱり怖い(笑)。
 しっとりした雰囲気や美しい映像(撮影:吉田貞次)があって萩原遼監督の戦前作を思わせてくれる作品なので、総集編のためか駆け足の感があるのが非常に残念。脇役の行動が唐突に見える部分があり、終わりも「戦いはこれからだ」という雰囲気で終わってしまうので、ちゃんと正続編のプリントで観たらもっと評価が高くなるような気がする。残っているだろうか?(2004/12/21)

宮本武蔵(宮本武藏) みやもとむさし
監督 溝口健二
公開年 1944年
評点[C]
感想  溝口健二監督の『宮本武蔵』を観た。昭和十九年(1944)年の作品。戦争末期の、55分ほどの小品。

 父の仇を討とうとする野々宮信夫(田中絹代)と野々宮源一郎(生島喜五郎)姉弟に剣の教えを乞われる宮本武蔵(河原崎長十郎)。兵法(剣法)は私怨のために用いるものではない、と言って一度は断るが、そこに佐々木小次郎(中村翫右衛門)がからんできて…。
 この作品の原作は有名な吉川英治の小説ではなく、菊池寛の新聞連載小説。なので、武蔵が仇討ちの助けをするという話になっている。しかし、武蔵が剣は私怨を果たすために使うものでないと言っておきながら、小次郎が源一郎を殺したと知ると、兵法者が強い者と戦うのは当然で私怨ではないと言って小次郎を追ったり、ちょっと不条理なところもある。巌流島での立ち回りも、なんだかチョット笑ってしまうかも。
 溝口健二も、戦時中は生活のために剣術映画を撮らされて苦労したんだなぁ(笑)。(2000/09/09)

宮本武蔵 みやもとむさし
監督 稲垣浩
公開年 1954年
評点[A’]
感想  今日は、三船敏郎主演の『宮本武蔵』を観た。監督は稲垣浩で、昭和二十九年(1954)の作品。

 作州は宮本村で生まれた暴れん坊の武蔵(三船敏郎)が、沢庵和尚(尾上九朗右衛門)やお通(八千草薫)との触れ合いで人の道を知るまで。

 御存知、吉川英治の『宮本武蔵』の映画化(劇化:北条秀司/脚本:若尾徳平・稲垣浩)。稲垣監督にとっても数度目の吉川武蔵の映画。
 今でもあまり褪色していないイーストマン・カラーが美しい。1950年代のカラーの方が今のカラーの邦画よりも美しく見えるのは、なぜだろうか。金のかけ方の違いか。この作品がアカデミー外国語映画賞を撮ったのは、三船敏郎主演と共に、映像の美しさも大きく作用していたのだろう。
 中村錦之助と異なり三船敏郎の武蔵はとても十代の若さには見えないが(それを言うと千恵蔵もそうだけど)、武蔵の激しさはよく表現されていた。八千草薫のお通は“可憐”の一言。お通のベストキャストかもしれない。これを見ると、やはり平成十五年度NHK大河ドラマのお通は別の役で出演していた宮沢りえがやるべきだったと思う……。あのお通は性格も吉川武蔵のお通とは全然違うが。
 ストーリーは細部を変えながら巧みにダイジェストしている感じ。第二作以降が楽しみ。
 又八は三國連太郎。お甲は水戸光子、朱美は岡田茉莉子。岡田茉莉子の朱美は割りと蠱惑的な雰囲気が出ていた。(2003/08/17)

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