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長靴をはいた猫 ながぐつをはいたねこ
監督 矢吹公郎
公開年 1969年
評点[A’]
感想
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長靴をはいた猫
長靴をはいた猫

 今日は、アニメ映画『長靴をはいた猫』を観た。監督(演出)は矢吹公郎で、昭和四十四年(1969)の作品。

 ネズミを助けたので猫の世界のおたずね者となった猫ペロー(声:石川進)は、兄たちに家を追い出された人間のピエール(声:藤田淑子)と一緒に旅に出る。ある国のローザ姫(声:榊原ルミ)が魔王ルシファ(声:小池朝雄)に狙われていることを知ったペローは、ピエールに姫を助けさせようとする。

 東映オリジナル長編アニメの代表作の一つ。シャルル・ペローの童話が原作ということになっている(脚本:井上ひさし・山元譲久/ギャグ監修:中原弓彦)。
 今のアニメに比べると映像的にはおとなしいものだが、手描きセルによるフルアニメの動きがいい感じ。落ち着いて観られるというか。ギャグもやりすぎず、くどくなく適度な押さえが効いているのがよい。ペローたちとルシファが戦う終盤は盛り上がりを見せ、オチも好印象。
 原画スタッフとして宮崎駿や大塚康生が名を連ねている。確かに、中世風の城や機械時計、塔での追いかけっこや悪人に連れ去られる姫など、この作品には『カリオストロの城』に登場するモチーフの原型がある。また、声優の中に愛川欽也と水森亜土の名があった。
 この作品、公開当時に映画館で観られた人がうらやましいなー、と思った。(2003/02/03)

長靴をはいた猫 80日間世界一周 ながぐつをはいたねこはちじゅうにちかんせかいいっしゅう
監督 設楽博
公開年 1976年
評点[B]
感想
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長靴をはいた猫 80日間世界一周
長靴をはいた猫
80日間世界一周

 今日は、アニメ映画『長靴をはいた猫 80日間世界一周』を観た。演出(監督)は設楽博で、昭和五十一年(1976)の作品。

 ドンドン街の猫ペロ(声:なべおさみ)は、傲慢なグルーモン卿(声:滝口順平)を相手に80日間で世界一周できるかどうか賭けをした。カーター(神山卓三)や鼠の親子(富田耕生・山本圭子)たち仲間と共に出発したペロを、いつもの殺し屋三人組(声:はせさん治・田の中勇・水森亜土)や謎の男ガリガリ博士(声:大塚周夫)が追う。

 『長靴をはいた猫』の続編的な作品。ただし、もちろんストーリーの繋がりは無いし、監督や脚本(城悠輔・山崎忠昭)を始めとするスタッフや主人公ペロの声優も交代している。
 『長猫』と同じく世界の古典を基にした作品であるけれども、前作とは異なり人間は全く登場せずキャラクターは全て動物の姿をしており、『80日間世界一周』を題材にしているのも一因かもしれないが、ほとんど全て“追っかけ”の描写が主体の作品となっている。
 追っかけアクションの動きは良く展開のテンポも速いが、ペロ以外の登場人物(動物?)があまり活躍せず、キャラクターが人間的(?)に成長するという要素がないので、『長猫』に比べてしまうと観た後の満足感は薄いような気がする。途中で出てくる不二子ちゃんボイスの美人(?)猫スザンナ(声:増山江威子)というキャラも話に絡んでくるのかと思ったら一度登場したきりだし、脚本が今ひとつのような。アクションのギミックももう一ひねり欲しいと思った。宮崎駿や大塚康生が抜けたのが影響している?
 ただし、前作よりアニメ技術が進歩していてペロの幻想や北極圏の描写の特殊効果は美しい。また、アクション主体であるが世界各地を廻るので舞台にはバリエーションがあるため飽きがこない。テーマ性・メッセージ性は無いけれども、娯楽に徹した一作。

 この作品のラスト近くに来て、幼少の頃に観たことがあるのを思い出した。終盤までは全く覚えておらず、最後の追いかけっことラストシーンだけ記憶があるので、テレビ放映で最後の方だけ観ていたのだろうか。今日観るまですっかり忘れていた。物忘れの良い私が覚えているのだから、当時おもしろいと思ったのだろう。(2005/01/26)

長崎ぶらぶら節 ながさきぶらぶらぶし
監督 深町幸男
公開年 2000年
評点[C]
感想
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長崎ぶらぶら節
長崎ぶらぶら節

 今日は、日曜洋画劇場で放映された『長崎ぶらぶら節』を観た。監督は深町幸男で、平成十二年(2000)の作品。

 声の良さで知られる長崎丸山の芸者・愛八(吉永小百合)は、困っている者を見ると放っておけないタチだった。そんな彼女は、放蕩で身代を潰した古賀十二郎(渡哲也)と共に長崎の古い歌を集める。

 製作当時、なかにし礼の直木賞受賞作を吉永小百合と渡哲也の顔合わせで映画化したことで話題になった作品。
 愛八は、自分のことよりまず人のため、という女性だったが、愛八が古賀に尽くしぬく理由がわからなかった。古賀は破産したのに零落した感じがせず、女房に逃げられたわけでもないし。古賀の人間像がほとんど描けていなかったと思う。また、二人とも終始ほとんど老けなかったのは不自然。スター映画だから仕方ないのかもしれないが。
 映像的には、最初と最後のCG合成が不自然。(2002/01/06)

長曽禰虎徹(長曾禰虎徹) ながそねこてつ
監督 並木鏡太郎
公開年 1938年
評点[A’]
感想  今日は、並木鏡太郎監督の『長曽禰虎徹』を観た。昭和十三年(1938)の作品

 大名の松平加賀守(大崎時一郎)は大の武具マニア。あるとき、名人が作った刀と兜(かぶと)はどちらが強いかと悩み、据え物斬りで雌雄を決することにした。兜師の長曽禰虎徹(丸山定夫)と刀鍛冶の陀羅尼善九郎勝久(高堂国典)との勝負は世間の好奇心を集め、虎徹の心は穏やかではなく……。

 「新刀なれども長曽禰虎徹」や「今宵の虎徹は血に飢えている……」の名台詞で有名な長曽禰虎徹の映画(原作:岡本綺堂 )。脚本は“鏡二郎”という名義だが、並木監督の筆名だろうか?
 溝口健二監督の『名刀美女丸』と同じく刀匠が主人公の作品なので、いわゆる芸道ものに分類される生真面目な作品だと思っていたが、いざ観てみると当の職人以外の連中は好奇心をあらわに勝負を煽ったり賭けをするなど、コメディ的な味や諷刺色もある一作になっている。
 66分ほどの上映時間の中にぎっしりエピソードが詰め込まれていてちょっとまとまりに欠け、また展開がちょっとお約束的なので意外性が欲しい気もするが、刀鍛冶という硬い題材から娯楽性を引き出すことには成功していると思う。原作は未読だが、脚本・演出の功績も大きいような気がする。
 途中、かなりの時間を割いて刀作りの工程が描写されていて興味深い(刀剣鍛錬指導:月山貞光/撮影:河崎喜久三)。頑固な職人という役作りのためだとは思うが、丸山定夫の演技は少々硬いような感じもした。(2004/12/29)

長屋紳士録 ながやしんしろく
監督 小津安二郎
公開年 1947年
評点[A]
感想
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小津安二郎 DVD-BOX 第三集
小津安二郎
DVD-BOX
第三集

 今日は、小津安二郎監督の『長屋紳士録』を観た。昭和二十二年(1947)年の作品。

 東京の下町の長屋に住む、辻占いの易者(笠智衆)が父親にはぐれた子供(青木放屁)を拾ってくる。生活に苦しい長屋の住人は互いに押しつけ合い、“かあやん”と呼ばれる、おたねおばさん(飯田蝶子)が面倒を見ることになってしまう。
 いやぁ、ええ話や。全体に小津流の淡々とした演出でベタベタしたところは無いのだが、しっかり胸に響いてくる。全然可愛くないガキや口では邪険なことを言う大人たちなどが独得のリアルさを生み出している。さすが小津だ。
 ドナルド・リチーが『小津安二郎の美学』(社会思想社 現代教養文庫1993年)でこの作品に与えた批判は誤解に基づくものだと思う。彼の記憶違いか、深読みのしすぎか、あるいは英語字幕のせいか。

 笠智衆の隠し芸の“のぞきからくり”の口上も最高。活字で読んで、どんなのかと思っていたが、ああいうのだったのか。(2000/10/14)

流れる ながれる
監督 成瀬巳喜男
公開年 1956年
評点[超A]
感想
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成瀬巳喜男 THE MASTERWORKS 2
成瀬巳喜男
THE MASTERWORKS 2
『山の音』
『流れる』
『女が階段を上がる時』
『放浪記』
『乱れ雲』
「特典ディスク」

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流れる
流れる

 今日は、成瀬巳喜男監督の『流れる』を観た。昭和三十一年(1956)の作品。

 柳橋の芸者・つた奴(山田五十鈴)が持っている芸者置屋「つたの屋」は経営が傾きつつあった。そこに集う様々な人間たちの群像を、新たに住み込みの家政婦としてやってきた梨花(田中絹代)の視点で描く。原作は幸田文(脚本:田中澄江・井手俊郎)。

 山田五十鈴と田中絹代以外にも、料亭「水野」の女将・お浜(栗島すみ子)、つた奴の娘・勝代(高峰秀子)、つたの屋の芸妓・染香(杉村春子)、同・なな子(岡田茉莉子)など、大物女優が総出演している。特に、サイレント時代の大女優で戦前に引退していた栗島すみ子は特別出演で、他の女優たちはもちろん成瀬監督よりも先輩であるため、撮影中に監督を「巳喜ちゃん」と呼んでいたという話がある。
 昭和三十年代初頭、既に衰えつつあった花柳界を多くの女優たちの個性を活かして描ききっている。ミスキャストは一人も無く、当時の映画界の層の厚さを知ることができる。溝口賢二監督の『祇園の姉妹』から20年を経て、生活に疲れた様子を見せながらも色香を残している中年の芸者を演じた山田五十鈴がハマリ役だし、軽薄な染香の杉村春子も面白い。もちろん、玄人の世界に飛び込んだ素人のおばさんを演じた田中絹代も見事。
 どこかで「芸者の話なのに“お座敷”のシーンは全く出てこない」と指摘されているのを読んだが、その通りだった。梨花がやってきてすぐに、つた奴が「梨花さんっての呼びにくいから、お春さんにするわ」と言うのは笑った。脈絡ゼロ(笑)。
 原作も良いのだろうが、それを混乱することなく映像化した成瀬巳喜男監督の演出の手腕には感服いたしました。今では姿を消した、本当の大人向けの映画という感じがする。(2001/07/08)

泣蟲小僧(泣虫小僧) なきむしこぞう
監督 豊田四郎
公開年 1938年
評点[A]
感想  今日は、豊田四郎監督の『泣蟲小僧』を観た。昭和十三年(1938)の作品。

 11歳の啓吉(林文雄)は父と死別し母親(栗島すみ子)と妹(若葉喜代子)と暮らしていたが、母親の愛人になつかないため、母親の妹である叔母たち(逢初夢子・梅園竜子・市川春代)のところをたらいまわしされてしまう。叔母の夫の一人(藤井貢)が親切にしてくれたりするものの、どこにも安住の地はなく……。

 林芙美子原作の映画化(脚本:八田尚之)。サイレント時代の大女優・栗島すみ子が“特別出演”しているが、主役は子供である。
 実に主人公・啓吉がかわいそうな映画だが、母親でありながら女を捨てきれない母親と預けられる子供を不憫に思いながらも貧しさゆえに邪険にせざるを得ない親類たちが、一面的でなく綿密に描写されている。
 主役の林文雄の演技は実に見事。子供らしくない暗い感じのキャラクターで難役だと思うが、顔の表情で内面をよく表現していた。監督の演出のためでもあるだろうが。映像の作り方も孤独感を強調していて効果的だと思う(撮影:小倉金弥)。
 また、叔母たちや叔父そして尺八吹きのおじさん(山口勇)や出版社にたむろする作家たちに至るまで各々個性豊かなキャラクターになっている。特に、啓吉と尺八吹きのおじさんとのやりとりは、誰の心にも残るだろう。
 子供を主役とした映画の傑作の一本だと思う。(2004/06/10)

殴られたお殿様(毆られたお殿樣) なぐられたおとのさま
監督 丸根賛太郎
公開年 1946年
評点[C]
感想  今日は、市川右太衛門主演の『殴られたお殿様』を観た。監督は丸根賛太郎で、昭和二十一年(1946)の作品。

 旅芝居の一座がつぶれて路頭に迷った中村三津蔵(羅門光三郎)と東家勘平(原健作)は金持ちの御隠居と従者に化けて無銭宿泊をしようと図る。そんな彼らとたまたま連れになった渡世人の夕立金左衛門(市川右太衛門)は圧政に苦しむ農民たちのため一肌脱ごうとするが、たちまち三人は牢にぶちこまれてしまう。しかし、幕府の巡察使が町人姿で領内に近づいているという知らせが届き……。

 終戦直後の時代劇なのでチャンバラはない。それだけではなく、民主主義を啓蒙するメッセージ性が非常に強く、いわゆる“アイデア・ピクチャー”と呼ばれたものの一つなのだろうか。
 なんというか、藩の役人は全員悪人で愚か者のようにカリカチュアライズされていて藩主は事なかれ主義、対する農民町人は虐げられている被害者と、見事なまでにステレオタイプ化されている上に、右太衛門は藩主や役人たちを面罵し農民町人をアジってオルグしてしまうという、お定まりのストーリー。
 現在の視点から観て楽しめという方が無理だと思うが、原作・脚本も担当した丸根監督はどういう思いで作ったのだろうか。思い切り内容をステレオタイプ化し、キャラをカリカチュアライズしたことで皮肉っているのかな……どうもわからない。類似の画面をリフレインする手法は面白かった。(2004/08/11)

殴り込み侍 なぐりこみざむらい
監督 松野宏軌
公開年 1965年
評点[B]
感想  今日は、松野宏軌監督の『殴り込み侍』を観た。昭和四十年(1965)の作品。

 浪人・淡島蟹右衛門(長門勇)は突然、山道で斬られて死にかけていた男に大金を託される。それを期限までに届けるため、金を狙う者たちを追い払いながら歩を進めていると、ある藩の暴君が引き起こす事件に巻き込まれてしまう。

 題名から想像していた内容とは異なり、とぼけた感じの長門勇が主人なのが意外だった。特定の原作は無いようだが、元ネタは『走れゴメス』、もとい、『走れメロス』(脚本:犬塚稔)のようだ。主人公が意図せず事件に遭う“巻き込まれ型”の展開で、色々な事件が続いて飽きさせないけれども、ちょっと作りすぎかな、という感もある。それと、ラストいきなり“傾向映画”っぽくなるのも意外というかなんというか。主人公が名前どおりの剣法を操る殺陣は面白い。重要キャラとして大友柳太朗が出演。(2002/12/16)

茄子 アンダルシアの夏 なすあんだるしあのなつ
監督 高坂希太郎
公開年 2003年
評点[C]
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茄子 アンダルシアの夏
茄子 アンダルシアの夏

 今日は、劇場アニメ『茄子 アンダルシアの夏』を観た。監督は高坂希太郎で、平成十五年(2003)の作品。

 世界の三大自転車レースの一つ“ヴェルタ・ア・エスパーニャ”を走る一団がアンダルシア地方にやってきた。地元選手ペペ(声:大泉洋)は故郷に錦を飾る形なのに、気分は最悪。こともあろうに元恋人のカルメン(声:小池栄子)とぺぺの兄アンヘル(声:筧利夫)の結婚式の日だったのだ。ペペは、やけ気味にスパートをかけるが……。

 一部で強い支持を受けている漫画家・黒田硫黄の『茄子』の映画化。『もののけ姫』と『千と千尋の神隠し』の作画監督だった高坂希太郎が脚本・監督を務めている。
 原作は未読なのだが、この作品は1つのエピソードだけで成り立っていて、46分ほどの短編としても少々あっさりしているように感じた。ストーリーとしては30分テレビアニメ一本分くらいのものでは。
 映画(アニメ)はストーリーだけではないが、映像表現も小ぎれいにまとまっているという雰囲気で、近年の劇場用アニメとしては傑出したものはないと思う。3D CGの部分は違和感があるし……。また、主演級を演じた芸能人三人のうち『水曜どうでしょう』で人気の大泉洋は『千と千尋』や『ハウルの動く城』に出演しているだけあって、まずまず声優らしい発声と演技ができているが(それでも特別うまいというほどではないけど)、あとの小池栄子と筧利夫はいかにも素人臭い。
 観る人によっては良くできた小品なのかもしれないが、日本人には縁遠いロードレースを扱っているのも一因なのか、個人的に共感できる部分がほとんどない。ロードレースがテーマだったりスペインのアンダルシア地方が舞台だったりするのも、日本人が「かっこいい物」と考える“いかにも”感が漂っているというか……。原作はどうなのだろう。

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