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浪曲忠臣蔵(元禄あばれ笠) ろうきょくちゅうしんぐら
監督 石田民三
公開年 1943年
評点[B]
感想  今日は、石田民三監督の『浪曲忠臣蔵』を観た。昭和十八年(1943)の作品。

 かつて浅野内匠頭の怒りを買って浅野家を辞した浪人・不破数右衛門(坂東好太郎)は大石内蔵助(月形龍之介)の計略も知らず、江戸で町人と化したような旧浅野家家臣をののしってしまう。一方、腕が評判の槍の師範・俵星玄藩(黒川弥太郎)の元には吉良家からの仕官の誘いがきていた。

 題名にあるように、所々ナレーションのように浪曲が流される(浪曲:廣澤虎造・梅中軒鶯童・壽々木米若)。廣澤虎造は不破数右衛門の隣人として出演もしている。もう一人の隣人として柳家金語楼も出演。俵星玄蕃の妹役に山根寿子、内匠頭未亡人・瑤泉院の役で花井蘭子が出演。
 内容も浪曲的な創作性の強い逸話を繋ぎ合わせ、不破メインの「天の巻」・俵星が主役の「地の巻」・“南部坂雪の別れ”から討入り後までの「人の巻」の三部構成(脚本:加戸野恩児=石田民三の筆名)。
 やはり構成に多少の無理があるが、講談ネタを基にしながらキャラクターの設定を脚色して各エピソードをまたがる人物を登場させ一本の作品にしようとしている工夫は感じられる。エピソードが上手く繋がっていないように見えるのは、製作当時は上映時間70分以上だったのに戦後の再公開版(『元禄あばれ笠』に改題)では57分ほどになってしまっているのが一因かもしれないが。
 出演者で最も印象に残ったのは、主役級の阪東好太郎でも黒川弥太郎でもなく、コミックリリーフの廣澤虎造でも柳家金語楼でもなく、大石内蔵助の月形龍之介。これ以外の作品の大石内蔵助像は“威厳ある家老”あるいは“頼りない昼あんどん”の二つに大別されるか、またはその二つを併せ持つものだった。しかし月形の内蔵助は、この俳優の個性のためか“南部坂雪の別れ”に至るまで徹底的に心底を隠して何を考えているかわからない怖さがある。他にない異色の内蔵助像だと思う。

 戦中の製作のためか四十七士が勢ぞろいするような大規模な場面は全くなく、苦労したようだ。ただし、討入りシーンはないものの雪が降り積もった江戸の町の遠景が登場する。これは円谷英二によるミニチュア特撮らしい。カメラワークも時々印象的なものがある(撮影:山崎一雄)。アラはあるが悪条件下で工夫した努力が見える作品。(2004/12/14)

浪人街 ろうにんがい
監督 マキノ雅弘
公開年 1957年
評点[A’]
感想  マキノ雅弘監督の『浪人街』を観た。昭和三十二年(1957)の作品。

 寺の門前町にフラリとやって来た荒牧源内(近衛十四郎)。そこは母衣権兵衛(藤田進)を頭とする浪人たちが仕切っていた。お調子者の赤牛弥五右衛門(河津清三郎)や、美しい妹と2人暮らしで昔の主家への帰参を願っている土井孫八郎(北上弥太郎)らとの交流。そして、旗本の兄弟(石黒達也・龍崎一郎)との諍(いさか)いから、旗本と素浪人たちは、全面対決へ…。
 これは昭和三〜四年(1928-1929)に作られたサイレント版『浪人街』(断片のみ現存)のリメイク。マキノ雅弘作品を観るのは初めてだが、刀をブン回すようなダイナミックな殺陣には驚いた。夜の斬り合いで刀と刀がうち合わされると火花が出ちゃうし(笑)。宝刀探しのエピソードで少しダレるが、全体としてよくまとまった娯楽作品。荒牧のなじみの湯女の小芳を演じた高峰三枝子が色っぽい。(2000/09/15)

ロッパの頬白先生 ろっぱのほほじろせんせい
監督 阿部豊
公開年 1939年
評点[A’]
感想  今日は、古川ロッパ主演の『ロッパの頬白先生』を観た。監督は阿部豊で、昭和十四年(1939)の作品。

 “国民大学”教授の青路法二郎(古川緑波)は、妻(水町庸子)や三人の娘(神田千鶴子・堤真佐子・高峰秀子)と別居している上に生活力がなく、高利貸しや友人から借金だらけ。しかし、たくさんの小鳥を飼ったり琴を習ったりして心は豊かに暮らしているのだが……。

 内田百閨i内田百間)の随筆の映画化(脚本:八田尚之)。随筆を元にした作品らしくストーリー性は薄く、小エピソードの積み重ね。それでも、1時間11分ほどの短さなので、まとまりがないということはない。
 ロッパの演技は、今から見るとちょいと臭いところもあるが(一人二役はやりすぎだと思う)、まさに“浮世離れ”した大学の先生の雰囲気をよく出していると思う。あまりにものんきすぎて妻や娘たちが可愛そうにも思えてしまうが、苦しい生活の中でも心のゆとりやユーモアを忘れないことの大切さ、ということがテーマの一つなのだろう。
 浮世離れした主人公と同じく浮世離れした他のキャラクターたち、特に共に盲人である琴の師匠と高弟(?)たちとの触れ合いのエピソードが、トーキー映画ならではの表現方法を活かされていて心に残る。
 三浦光男による戦前映画らしいソフトな白黒映像が美しい。特に妻と娘たちの家や高利貸しの家の周りの武蔵野の森(?)の描写が印象的。(2006/07/02)

路傍の石 ろぼうのいし
監督 田坂具隆
公開年 1938年
評点[A’]
感想  今日は、田坂具隆監督の『路傍の石』を観た。昭和十三年(1938)の作品。

 時は明治三十年代の中頃。愛川吾一(片山明彦)は母(滝花久子)と二人で苦しい生活をしていたが、賢い彼のため小学校の先生(小杉勇)や近所の稲葉屋の主人(井染四郎)はなんとか中学へ進学させてやろうとする。しかし、事情が許さず商家に丁稚奉公することになり、厳しい世間の荒波を浴びて成長していく。

 山本有三の原作の初映画化(脚本:荒牧芳郎/改編:高重屋四郎)。田坂監督の戦前の代表作の一つ。
 少年吾一の小学校時代の友人たちや母との生活と丁稚奉公してからの厳しい暮らし、双方とも誇張せず、しかし細やかな田坂監督の描写が心に残る。小学校時代の内職の手伝いや鉄橋の冒険など印象的なエピソードは吾一の人柄を如実に表している。父親(山本礼三郎)の極道ぶりがあからさまな台詞などではなく普通の会話や行動で表現されていたり、小学校時代は同級生だった奉公先の商家の子供たちの吾一に対する態度が変わっていく様子も極端ではなく巧みに表現されているのは、原作のおかげだけではないだろう。
 同じ田坂監督の『真実一路』でデビューしたという片山明彦は、まさにハマリ役。それ以外にも、滝花久子の地味な美しさや山本礼三郎が覗かせる不気味さ・小杉勇の実直さや吾一を励ます絵描きを演じた江川宇礼雄の豪快さ・吾一をいびる沢村貞子の意地悪さなど皆ハマっていて、この時期の日活俳優陣の層の厚さが忍ばれる。

 惜しいのは、一般の観賞には向かないと考えられるほどの音声状態の悪さ。加えて現存版は公開時よりも10分ほど短くなっているようなので、もっと良いプリントが残っていないだろうか? あるいは、現存プリントを修復処理して改善できないだろうか。多額の費用がかかるらしいが……。(2005/01/06)

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