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社長と女店員 しゃちょうとおんなてんいん
監督 大庭秀雄
公開年 1948年
評点[C]
感想  今日は、大庭秀雄監督の『社長と女店員』を観た。昭和二十三年(1948)の作品。

 丸金デパートの社長・黒川金兵衛(柳家金語楼)は、デパートの店員たちがヤミ物資取り扱い反対運動をしていると聞いて一人で視察に行くが、高血圧のため店内で失神。親切に介抱してやった店員の三谷和子(月丘夢路)は、金兵衛を掃除夫募集の応募者と思い込んでしまう。

 メロドラマで有名な大庭監督作品だが、喜劇王・柳家金語楼主演の喜劇映画(脚本:津路嘉郎・光畑碩郎)。しかも、単なる喜劇映画ではなく闇物資横行を批判する社会派映画的な色合いが濃い。全体に古めかしい人情噺的展開、その上お説教臭い。デパートのセットもチャチで、今観ると時代を感じさせられてしまう。
 ただし、中盤で“あきれたぼういず”(坊屋三郎・山茶花究・益田喜頓)の歌とコントを見られるのが珍しい。また、大庭監督らしくヒロイン格の月丘夢路は終始美しく撮られていた(撮影:布戸章/照明:豊島良三)。戦前派の徳大寺伸がまだヒロインの相手役の二枚目を演じていて、同じく戦前世代の日守新一はダラ幹ぶりで妙味を出していた。

 この作品、オープニングでいきなりゴジラのテーマが流れてびっくりした。『ゴジラ』は昭和二十四年の作品なので、こちらが元祖ということになる。
 音楽の伊福部昭は旋律をよく使いまわしたそうで、例えば吉村公三郎監督の『偽れる盛装』を観た特撮映画ファンは怪獣映画で流れる「メーサー光線車マーチ」という曲を聞いて驚くという。音楽の使いまわしは他の映画音楽作曲家もやっているそうだが。(2005/10/12)

しゃぼん玉親爺 しゃぼんだまおやじ
監督 仲木繁夫
公開年 1956年
評点[C]
感想  仲木繁夫監督の『しゃぼん玉親爺』を観た。昭和三十一年(1956)の作品。

 戦時中、南方で負傷した鶴亀二等兵(潮万太郎)は上官の松田少尉(川崎敬三)に助けられ、移住していた日本人の娘・京子(八潮悠子)の家に逃れた。石鹸会社の社長だった鶴亀は戦後、入社試験で松田を見つけてすぐ入社させる。その上、妻(清川玉枝)に強制されて通い始めたボディビルジムで京子と再会するが……。

 上映時間38分少々の短編。他の作品の添え物だったのだろうか。題名から想像できるように喜劇で、いかにもセットのジャングルから始まって、作中のギャグはちょっとベタ。展開も予定調和的で先が読めるが、川崎敬三の気真面目な雰囲気といかにも昔風の社長という役作りの潮万太郎を楽しむ小編か。恰幅の良い清川玉枝の存在感も強烈。(2004/11/19)

三味線侍 しゃみせんざむらい
監督 並木鏡太郎
公開年 1938年
評点[A’]
感想 『山茶花街道』(さざんかかいどう)を参照

じゃりン子チエ じゃりんこちえ
監督 高畑勲
公開年 1981年
評点[B]
感想
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じゃりン子チエ 劇場版
じゃりン子チエ
劇場版

 今日は、劇場用アニメの『じゃりン子チエ』を観た。監督は高畑勲で、昭和五十六年(1981)の作品。

 大阪は通天閣の見える街に住むチエ(声:中山千夏)は極道な父テツ(声:西川のりお)に代わってホルモン焼き屋を切り盛りして、たくましく生きていた。チエはお好み焼き屋の社長(声:芦屋雁之助)など街の人々の助けを借りながら、なんとかして別居中の母(声:三林京子)を呼び戻してまともな家庭を作ろうとする。

 はるき悦巳の長期連載人気マンガ(1978-1997)の初アニメ化。この劇場版の好評を受けてテレビアニメ化されたそうだ。
 西川のりお・芦屋雁之助の他、桂三枝・笑福亭仁鶴・京唄子・鳳啓介・横山やすし・西川きよしら関西のベテラン芸人、そして当時は若手だったザ・ぼんち・島田紳助・松本竜介・オール阪神巨人など、関西芸人がほとんどのメインキャストを務めている。テツの西川のりおは少々硬さを感じてしまうが、その他はまずまず上手くこなしており、自然な関西弁が雰囲気を出している。
 ストーリーはチエによる家庭回復のための奮闘のエピソードが中心で、序盤はギャグ交じりにテツの駄目駄目な面を描き、中盤からはテツも彼なりに努力する姿も描かれ、いい感じのエピソードになっていく。チエが唯一楽しみにしていることに、ちょっとしんみり。
 しかし、終盤はなぜかチエの家にいる小鉄という猫とお好み焼き屋の社長の猫のエピソードで締めくくられて中盤までとはガラリと雰囲気が変わり、拍子抜けしてしまった。初期段階の脚本ではさらに親子のエピソードがあったらしいので、猫のエピソードを削ってでも親子の話で締めくくった方が一本の映画としてのまとまりは良くなったと思う。
 あるいは、“ちょっといい話”のオンパレードになって純然たる人情噺的作品になってしまうのを意図的に避けたのかもしれないが。ただし、高畑監督の劇場用作品の中では最も一般向けかも。
 作画監督は小田部羊一と大塚康生で、絵柄はおおむね原作を踏襲しているがチエの母親は美形になっているようだ。また、チエもごくたまに色気(?)のある目元になるときがあった。(2005/05/16)

ジャンケン娘 じゃんけんむすめ
監督 杉江敏男
公開年 1955年
評点[C]
感想
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ジャンケン娘
ジャンケン娘

 今日は、美空ひばり・江利チエミ・雪村いずみの“三人娘”主演の『ジャンケン娘』を観た。監督は杉江敏男で、昭和三十年(1955)の作品。

 阿佐見ルリ(美空ひばり)と千明由美(江利チエミ)は、修学旅行先の京都にあるルリの知り合いのお茶屋で、舞妓の雛菊(雪村いずみ)と知り合う。そのあと東京に来た雛菊から、彼女が酒の席で会って一目ぼれした東京の学生を探していることを聞いた二人は手助けするが、なかなか見つからず…。

 美空ひばりを中心として売り出された“三人娘”の映画。カラー映画で、オープニング・タイトルの画面から美空ひばりが黄・江利チエミが赤・雪村いずみが青という三原色のコスチュームで現れ、“総天然色映画”であることを強調しまくっている。全体に人の肌の色も黄色が濃く人工的で、カラーが強調された色調。
 そのカラー撮影をアピールするためか、冒頭では京都の神社仏閣や和服、その後も由美の芸術家である父の珍妙な部屋やルリの日本舞踊、そして遊園地のジェットコースターなど、鮮やかな映像を観客に見せることをテーマにしているのかと思えるほど、色が強調された映像が支離滅裂と思わせるほど続く。その分、雛菊やルリの父親のエピソードなどが断続的になっているようだ。
 “三人娘”のいずれかのファンなら、楽しめる作品なのかもしれない。それと、由美の父親役に小杉義男、ルリの父親役として高田稔と、戦前の大スターが顔を出しているのも見どころかも。(2002/06/05)

上海陸戦隊(上海陸戰隊) しゃんはいりくせんたい
監督 熊谷久虎
公開年 1939年
評点[B]
感想  今日は、熊谷久虎監督の『上海陸戦隊』を観た。昭和十四年(1939)の作品。

 昭和十二年。盧溝橋事件によって日中両国が戦争状態に入り、国際都市・上海でも緊張が高まる。ついに中国国民党軍が上海の日本人居留区を包囲攻撃し、駐留していた日本海軍上海特別陸戦隊の峯中尉(大日方伝)率いる中隊は要路を守るため寡兵を以って我に数十倍する敵と戦った。

 昭和十二年八月十三日に勃発した第二次上海事変とも呼ばれる戦いの数日を海軍の協力・監修の下にドキュメンタリータッチで描いた作品(脚本:沢村勉/補訂:安達伸男/後援:海軍省)。
 一中隊が守る地域の最前線と中隊司令部に話を絞り、前線での兵士たちの戦いと中隊長の指揮を中心に描いている。海軍の全面協力を得だけあって、戦闘シーンは火薬たっぷりで戦車や装甲自動車も出動し非常にリアル。まさにドキュメンタリー的な迫力がある(撮影:鈴木博)。
 陸戦隊員たちの人物像は理想化された「忠勇無双の我が兵」ばかりで、『五人の斥候兵』(監督:田坂具隆)の兵士たちのような人間性はあまり感じられない。それは戦闘の描写に的を絞っているため仕方ないかもしれないが……。軍人らしい緊迫感はある。波状的に危機が迫ってくる構成は展開に抑揚を与え、刺激に慣れさせることなく同時に緊張感を弛緩させず、監督の力量を感じられる。
 抗日的な支那人(当時の呼称)少女として監督の義妹の原節子が出演。なかなか緊迫感ある演技をしている。顔も痩せた感じで目つきも鋭く、監督が演技指導でかなり追い込んだのだろうか?

 現在の視点で観てしまうと政治的に文句をつけられる部分もあるだろうが、当時の技術で戦争を描いた作品として観ると、力作と認めることはできると思う。(2005/01/14)

自由学校 じゆうがっこう
監督 渋谷実
公開年 1951年
評点[A]
感想  今日は、渋谷実監督の『自由学校』を観た。昭和二十六年(1951)の作品。

 自由を求める夢想家の南村五百助(佐分利信)は勝手に会社を辞め、働き者の妻・駒子(高峰三枝子)は大爆発。文字通り五百助を叩き出した。自由になったものの行き先の無い五百助は、ばた屋の親父(東野英治郎)と意気投合して橋の下の住人の一員になってしまう。一方、駒子は突然自分も自由になったことに戸惑う。

 獅子文六の小説の映画化(脚本:斎藤良輔)。同時期に大映でも映画化されて(監督:吉村公三郎/脚本:新藤兼人)競作になったという。
 威厳ある二枚目の佐分利信が何もできないグータラ男、美人俳優の高峰三枝子がヒステリックな人妻と、主人公夫婦からして一般のイメージの逆を突いたキャスティングと演技だが、その他にも淡島千影と佐田啓二が軽薄なアプレ世代の若者カップルを演じて意外な面を見せる。佐田啓二のオカマ言葉は衝撃的(笑)。笠智衆や高橋とよ・清水将夫・十朱久雄も意外な役で出演。笠智衆の役にはちょっとビックリした。
 何も出来ない佐分利がうろうろして、高峰や淡島・佐田が始終しゃべくりまくって常に笑いを誘う。終始コミカルでありながらドタバタに流れず、社会諷刺の色も濃いのに嫌味を感じさせない渋谷監督の演出の手腕とキャスティングの妙に感服。また、実力ある俳優が真面目に喜劇を演ずるとこれほど面白くなるのか、とも思わされた。
 機会があったら吉村監督版も観てみたい。(2004/06/08)

十三人の刺客 じゅうさんにんのしかく
監督 工藤栄一
公開年 1963年
評点[A’]
感想
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十三人の刺客
十三人の刺客

 今日は、工藤栄一監督の『十三人の刺客』を観た。昭和三十八年(1963)の作品。

 将軍の実弟にして明石松平家十万石の当主である松平斉韶(菅貫太郎)の乱行を幕府に訴えるため、明石藩の江戸家老が切腹した。老中・土井大炊頭利位(丹波哲郎)ほか幕府の重臣は松平斉韶の暗殺を図り、目付の島田新左衛門(片岡千恵蔵)ら腕利きの旗本を刺客として放つ。島田は旧知の倉永左平次(嵐寛寿郎)等の助けを借りて計画を進めるが、明石藩側もそれを察知して待ちかまえていた…。
 いわゆる“集団時代劇”のハシリで、もちろんラストの集団殺陣が売り。しかし、戦闘に至るまでの計画も、それらしく描写されている。ただ、リアリズムに徹しているのはいいが、残酷で見るに堪えないところがあった。んでも、西村晃の死に様はサイコー(笑)。山城新伍と藤(富司)純子は、なんのために出てきたのかわからん。
 脚本の池上金男は、のちに池宮彰一郎名義で『四十七人の刺客』を書き下ろしたはいいが、市川崑監督にあんなにされちゃって…(笑)。(2000/09/24)

淑女と髯 しゅくじょとひげ
監督 小津安二郎
公開年 1931年
評点[A’]
感想
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小津安二郎 DVD-BOX 第四集
小津安二郎
DVD-BOX
第四集

 今日は、小津安二郎監督の『淑女と髯』を観た。昭和六年(1931)の作品。

 大学の剣道部の主将である岡嶋(岡田時彦)は、ひげぼうぼうの猛者。本人はひげを気に入っているが、そのせいで友人(月田一郎)の妹やその女友達には嫌われ、就職試験にも合格しない。ついに、ふとしたことで知り合った女性(川崎弘子)の薦めで剃り落とすことを決心する。

 小津監督のサイレント時代中期の作品。同年の『東京の合唱』と同じく岡田時彦の主演で、サイレント時代の小津作品に多い学生もの。
 ひげの有無で容姿がガラッと変わるというのはシンプルな発想のようだが、いざ映像にして見せられると意外と面白い。それに、岡田時彦は喜劇の演技が実に上手い。特に友人宅で見せるヘンテコな剣舞が面白い。パントマイム的なギャグが出来る二枚目で、サイレント期の名優といって良いかもしれない。小津監督が夭折を惜しんだのもわかる。
 岡嶋がひげを剃ってからちょっと長く終盤に少しシリアス風味が入るので、最後までコメディで通しても良かったかな……とも思うが、あの終盤があるから余計に心に残るのかもしれない。小津サイレント作の佳作の一つ。(2003/10/27)

淑女は何を忘れたか しゅくじょはなにをわすれたか
監督 小津安二郎
公開年 1937年
評点[A’]
感想
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小津安二郎 DVD-BOX 第三集
小津安二郎
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第三集

 今日は、小津安二郎監督の『淑女は何を忘れたか』を観た。昭和十二年(1937)の作品。

 麹町に住む大学医学部の教授“ドクトル”こと小宮(斎藤達雄)は妻の時子(栗島すみ子)の尻に敷かれていて、時子は同じく有閑マダムの千代子(飯田蝶子)・光子(吉川満子)らと好き勝手にふるまっていた。だがある日、大阪から小宮の姪・節子(桑野通子)が訪ねてきて、時子以上に奔放にふるまって時子を悩ませると、夫婦の関係に変化が生ずる。

 小津監督のトーキー第二作。よく指摘されているように、アメリカ映画の影響がうかがえるが、登場人物たちの軽妙な会話が楽しい佳作。特に、前半の有閑夫人たちが繰り広げる珍問答が素晴らしい。昭和十二年の作品ではあるが、日中戦争の前なので(この年の七月七日に盧溝橋事件勃発)、まだ暗い影は全く無い。
 この作品での会話シーンは、戦後のいわゆる小津スタイルが確立したあとの作品よりも自然に見える。野田高梧の参加した脚本に比べると台詞がブツ切れではなく繰り返しも少ないし、俳優があまり萎縮していないようだ。画面も、戦後作品の撮影監督となる厚田雄春が撮影監督の茂原英雄と並んで顔を出すが、まだ戦後作品ほどの厳格な構図ではなく、ナチュラルに見える。

 時子たちが劇場のロビーで煙草をプカプカ吹かしながら「あれ大船の上原じゃない?」と言うシーンで、まさに一瞬だけ上原健が登場する。たまたま小津組の撮影に顔を出して、即興で出演したのか?

 倦怠期になりかかった夫婦の間に姪が現れて波風を立てるという作品は、成瀬巳喜男監督の『めし』や川島雄三監督の『女であること』など、いくつかある。一つの類型化しているようだが、何か文学作品にでも元ネタがあるのだろうか。
 妻が勝手気ままにふるまっている夫婦が、夫が強く出ると妻の方がそれに圧倒される、というのは『お茶漬の味』をちょっと彷彿とさせる。あまり一般的とも思われないので、小津独特の夫婦観だろうか。(2002/04/03)

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