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滝の白糸(瀧の白糸) たきのしらいと
監督 野淵昶
公開年 1952年
評点[B]
感想  今日は、京マチ子主演の『滝の白糸』を観た。監督は野淵昶で、昭和二十七年(1952)の作品。

 美貌で人気の水芸師・滝の白糸(京マチ子)は、金沢興行の際にふとしたことで知り合った貧しい青年・村越欣彌(森雅之)に惹かれ、大学の法学部を卒業するまで仕送りしてやることを約束した。人気者とはいっても浮草稼業、仕送りは楽ではなく、白糸は無理に無理を重ね……。

 溝口健二監督/入江たか子主演のサイレント版が伝説的な、泉鏡花の原作による作品(脚本:依田義賢)。『滝の白糸』は計5回も映画化されているらしい(溝口版が最初で、野淵版は三度目)。
 この監督の名を聞くのは初めてで、観る前は正直どんなもんかなと思ったが、脚本:依田義賢/撮影:宮川一夫/照明:岡本健一と当時の大映の一流スタッフが揃い、キャストも京マチ子と森雅之の他、脇には浪花千栄子・進藤英太郎・殿山泰司など実力ある俳優が揃い、充実した画面と安定した演技を楽しむことができた。
 戦後の大映作品にしては少々画質が劣化しているが、撮影は美しく、脇役の中でも特に浪花千栄子と進藤英太郎はいつもながら上手い。浪花千栄子は敵に回すと恐ろしいが味方につけると頼もしい(笑)。

 しかし、ラスト近くの急展開には驚愕。ネタバレになるので書けないが、あれは会社側の意向なのだろうか……。泉鏡花の世界ではなくなってしまったと思う。存命中だった溝口もよく許したなぁ。まぁ、もしも永田雅一が求めたのだとしたら、溝口も認めざるを得なかっただろう。(2004/06/01)

瀧の白糸(滝の白糸) たきのしらいと
監督 溝口健二
公開年 1933年
評点[A’]
感想  今日は、溝口健二監督の『滝の白糸』を観たですぅ。昭和八年(1933)の製作だから、うちの両親が産まれた年より前の作品だ。すげぇ〜!(笑)
 さすがに無声映画なので、古さを感じるし、楽しむには多少の訓練がいるというか観慣れないと厳しい面もあるかも。それにやはり画像が酷く劣化しているし…。でも、名作の片鱗をうかがうことは出来ると思う。
 そうそう、アポロンのビデオ版はフィルムが尻切れトンボなんだよな。フィルムセンター所蔵版も完全ではないけれども、もう少しラストの部分が残っているそうなので、それも観たいなぁ…。

 主演の入江たか子(1911-1995)は、なるほど美人だ。化粧を変えれば現在でも通用するタイプかも。背も明治生まれとしては異例に大きい162cmもあったそうだし。しかし、昔はホントの美人タイプの人が女優になったんだろうな。美容整形手術とかも無かったしぃ…って、そんなこと言っちゃいかんか(爆)。(2000/04/08)

たそがれ酒場 たそがれさかば
監督 内田吐夢
公開年 1955年
評点[A]
感想  今日は、内田吐夢監督の『たそがれ酒場』を観た。昭和三十年(1955)の作品。

 専属の歌い手・丸山健一(宮原卓也)の歌声やレコード、時には客の歌も聞こえ歌声の絶えない庶民の憩いの場“たそがれ酒場”。そこに集う元軍人・ヤクザ・学生・声楽家などの客と従業員が繰り広げる様々なドラマを、常連の“先生”こと老画伯・梅田(小杉勇)の視点から描く。

 舞台が酒場の中だけに限られ作中の経過時間も半日ほどだが、多彩な登場人物が演ずる様々なエピソードが休みなく展開して全く飽きない。内田吐夢監督の演出力もあるだろうが、脚本にも脱帽ものだ(脚本:灘千造)。
 学生の会話や表を通るデモ隊の歌声に反発する元軍人(東野英治郎&加東大介)や政治談義をする学生など類型的なキャラクターもあるが、登場人物は全体として活き活きとしている。その中でも狂言回し的な役柄でありながらストーリーにもしっかりからむ梅田を演じた小杉勇の老け演技が素晴らしい。小杉勇の他にも、江川宇禮雄や高田稔といった戦前からの俳優が出演。(2004/02/21)

戰ふ兵隊(戦ふ兵隊/戦う兵隊) たたかうへいたい
監督 亀井文雄
公開年 1939年
評点[A]
感想  今日は、亀井文雄の『戦ふ兵隊』を観た。昭和十四年(1939)の作品。

 当時派手に喧伝された武漢作戦に従軍する兵士や戦地の住民の姿を捉えたドキュメンタリー。

 撮影の三木滋・撮影助手の瀬川順一・録音の藤井慎一と亀井監督が従軍して撮影。戦闘シーンはあまり無く(一部あるが、再現シーン臭い)、戦火に焼かれた農村や漢口の街並み、焼け出された中国人たち、そして戦いに疲れて休息する陣中の兵士の姿などを克明に映し出している。
 戦意高揚映画を期待した軍部の期待に外れたので一般上映されることはなかった作品。確かに、ファーストシーンが避難する難民の姿というのは目につく。ただし、通説のように純然たる反戦映画とも見えなかった。実際、亀井監督は生前「反戦映画ではない」と発言していたそうだが。
 焼かれる中国人の民家や難民の姿や疲れた兵士の姿を隠さず、あくまで戦争を美化せずリアリズムに徹しようとした結果の作品というように見える。敢えて言うなら、反戦というよりも厭戦だろう。非常に力強い映像の連続なので、メッセージ性のあからさまな作品よりも観る者に伝える力は強いかもしれない。戦車などをかなり鮮明に撮影しているため、軍機を考慮したためも上映禁止になった一つの理由かも。
 中隊長が部下たちに作戦を指示する場面は多分やらせだろうが、珍しい。いわゆる軍隊口調ではないのが興味深い。(2003/12/30)

殺陣師段平 たてしだんぺい
監督 瑞穂春海
公開年 1962年
評点[B]
感想
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黒澤明 脚本作品:殺陣師段平
黒澤明 脚本作品:
殺陣師段平

 今日は中村鴈治郎・市川雷蔵主演の『殺陣師段平』を観た。監督は瑞穂春海で、昭和三十七年(1962)の作品。

 新国劇の頭取(役者の世話係)の市川段平(中村鴈治郎)、元は歌舞伎の殺陣師だった。座頭の沢田正二郎(市川雷蔵)のために役に立ちたいと願うが、リアリズムを重んずる沢田は型の決まった殺陣を受け入れない。ようやく髷物の『国定忠治』などで活躍を与えられたものの、沢田は殺陣を客寄せの道具としかとらえず…。

 脚本として黒澤明が名を連ねている作品(原作:長谷川幸延)。芸一筋の夫のために髪結いをして生活を支えている妻お春 (田中絹代)が苦労するところなどは“芸道物”の型をなぞっている。だが、中村鴈治郎も田中絹代も演技が良いので観るべきものがある。字も読めず芸しか知らない市川段平と大学出のインテリの沢田正二郎の対比も、こちらも少々類型的だが、殺陣に対する思い入れに絞られているので面白い。
 ただ、やはり段平の妻の苦労や彼女の弟子おきく(高田美和)のエピソードが別物のようになってしまった感はある。高田美和は“新スター”とのことなので、ベテランの中に混じると演技が少々気になった。(2002/06/10)

愉しき哉人生 たのしきかなじんせい
監督 成瀬巳喜男
公開年 1944年
評点[B]
感想  今日は、成瀬巳喜男監督の『愉しき哉人生』を観た。昭和十九年(1944)の作品。

 ある風の強い日、田舎の商店街に“よろづ工夫屋”と称する相馬太郎(柳家金語楼)一家が引っ越してきた。彼は何事も工夫次第・気の持ちようで解決できると言う。商店街の面々は一風変わった彼らにとまどい、あるいは胡散臭い目で見るが、感化される人も現れ始める。

 主人公となるのはなんとも変わった家族で、例えば金語楼の幼い娘(中村メイコ)は、時計屋の息子(小高たかし)に、欲しいおもちゃを買ってもらえなくてもガッカリしてはいけない、「今買ってもらうより、いつか買ってもらえると思って待っていた方が楽しいと思うのよ。そういうふうにしたら、どんなことだって喜べるでしょう」と説いて、それを“喜びごっこ”と称する。う〜ん、元祖“よかった探し”? 愛少女ポリアンナ?
 金語楼が近所の面々(横山エンタツ・鳥羽陽之助)にジャガイモの皮やニンジンの尻尾を利用して卵がメインディッシュのフルコース(?)をふるまったり、金語楼の娘の一人(山根寿子)は日常生活の不要品やボロきれを再利用してアクセサリーや人形を作る工夫を近所の同年代の娘に教えたりするので、「贅沢は敵だ」「足りぬ足りぬは工夫が足りぬ」的スローガンの宣伝映画として作られたらしい。
 相馬一家がすぐには受け入れられず最初は白眼視する人もいるのは成瀬作品らしいし、エンタツ他の商店街の面々が、ぎりぎりステロタイプに陥らず、いかにも田舎町にいそうな人々に見えて面白い。ただやはり金語楼たちが正体不明すぎて中途半端な感はぬぐえない感じ。
 公開当時、「戦意高揚につながらぬ愚劣な映画」とされて検閲で切られたというが本当だろうか。(2004/09/02)

旅役者 たびやくしゃ
監督 成瀬巳喜男
公開年 1940年
評点[A’]
感想  今日は、成瀬巳喜男監督の『旅役者』を観た。昭和十五年(1940)の作品。

 旅回りの六代目“中村”菊五郎(高勢実乗)一座の市川俵六(藤原鶏太〔釜足〕)と中村仙太(柳谷寛)は馬専門の役者。菊五郎が偽者と知って怒った勧進元(中村是好)が酔って馬の頭を壊してしまうと、兄貴分の俵六が舞台に立つことを拒むが……。

 私個人的には、成瀬巳喜男はモダンな都会物のイメージが強いので、田舎町を舞台にしたこの作品は新鮮に感じた。テンポがかなりゆっくりだけれども、それで田舎町ののどかな雰囲気が表現できているかも。主役二人の藤原釜足と中村寛は旅役者らしい雰囲気を出しているし、“アノネのオッサン”の高勢実乗が座長を演じて結構な貫禄を出していたのにはちょっと驚いた。ただし、稲垣浩監督の著書『ひげとちょんまげ』中の一編「アーノネのオッサン」によると、高勢実乗は映画界に入る前は中部名古屋あたりで一座を構えていた立役者だったそうだ。全く意外だが……。
 上映時間1時間10分ちょっとの、よくまとまった喜劇の小品という感じの一作。(2003/02/21)

丹下左膳 たんげさぜん
監督 松田定次
公開年 1952年
評点[A’]
感想
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丹下左膳
丹下左膳

 今日は、阪東妻三郎主演の『丹下左膳』を観た。監督は松田定次で、昭和二十七年(1939)
の作品。

 将軍(夏川大二郎)に日光東照宮改築工事を命ぜられた柳生家は、あわてて百万両のありかを隠しているという家宝“こけ猿の壺”を探したが、既に藩主の弟・源三郎(高田浩吉)に婿入りの引き出物として持たせたあとだった。江戸では、将軍の側近・愚楽老人(菅井一郎)の手下と源三郎が婿入りする道場を乗っ取ろうとする峰丹波(大友柳太朗)一味、そして長屋に住む丹下左膳(阪東妻三郎)たちが三つ巴の争奪戦を始める。

 おなじみ丹下左膳の話だが、珍しく阪東妻三郎が演じた作品(脚本:菊島隆三・成沢昌茂)。冒頭の字幕スーパーと音楽によって、この作品が山中貞雄監督の『百万両の壺』流のコメディ路線であることがわかる。
 最初は展開のテンポが今ひとつで音楽もちょっとわざとらしすぎるように聞こえたが(音楽:深井史郎)、そのうち噛み合ってきてリズムが出てくる。櫛巻お藤は淡島千景で色っぽい和服姿がはまり役。ちょび安は、かつら五郎という子役だが、歌が実に上手く演技もまずまず。阪東妻三郎の丹下左膳には大河内伝次郎とは異なり全く“化物”的雰囲気はないが、この作品には合っているかもしれない。
 壺の争奪戦はテンポが良く、菅井一郎が意外な笑いをとる場面もあり、敵役の大友柳太朗さえ大真面目さが笑いを誘ってしまうような雰囲気があり、時代劇ファンはかなり楽しめる意外な佳作。あの『百万両の壺』は別格になるが。
 阪東妻三郎が最晩年のためか左手一本の殺陣は不慣れなためか、立ち回りに全く精彩を欠いていたのが残念。(2004/06/27)

丹下左膳 怒涛篇 たんげさぜんどとうへん
監督 松田定次
公開年 1959年
評点[A’]
感想  今日は、松田定次監督の『丹下左膳 怒涛(濤)篇』を観た。昭和三十四年(1959)の作品。主演は大友柳太朗。

 時は将軍吉宗(里見浩太郎)の時代、中国の大海賊が隠した財宝のありかを知ることができるという銀龍の香炉を、ひょんなことから手に入れた丹下左膳(大友柳太朗)。彼は、奉行所与力・伊吹大作(大川橋蔵)や同じ長屋に住む浪人・蒲生泰軒(大河内傳次郎)らと共に、香炉を狙う悪人たちと戦う。

 戦後の大友柳太朗版『丹下左膳』シリーズの第2作だそうだ。設定は映画オリジナル。ただし、基本は原作の“こけ猿の壺”の話にのっとっている。
 大友柳太朗の演技は超オーバーだが、気のいい好人物というキャラになっている丹下左膳によく合っている。左手一本の殺陣も切れ味が良い。立ち回りがたっぷりあり、その他にも歌や踊りもあったりして、いかにも映画黄金期の娯楽作という感じの佳作。
 本来、丹下左膳は不気味な異形の者のはずだったが、山中貞雄監督の『丹下左膳余話 百万両の壺』の影響で、それ以降の作品の左膳は全て好人物になってしまったらしい。恐るべし山中貞雄…。
 大岡越前守として月形龍之介が登場。櫛巻お藤は長谷川裕見子。“ちょび安”は、なんと松島トモ子。ミネラル麦茶…(笑)。(2001/02/28)

丹下左膳 百万両の壺(丹下左膳 百万両の壷) たんげさぜんひゃくまんりょうのつぼ
監督 津田豊滋
公開年 2004年
評点[B]
感想
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丹下左膳 百万両の壺 特別版 (初回限定生産2枚組)
丹下左膳
百万両の壺
特別版
(初回限定
2枚組)

 今日は、豊川悦司主演の『丹下左膳 百万両の壺』を観た。監督は津田豊滋で、平成十六年(2004)の作品。

 お藤(和久井映見)の矢場の用心棒をしている丹下左膳(豊川悦司)が世話をすることになった子供ちょび安(武井証)は汚い壺を金魚鉢代わりにしていた。それは実は大名の柳生家に伝わる百万両のありかを隠している壺で、柳生家とそこの次男坊で江戸の道場の婿養子になっている源三郎(野村宏伸)が探し回っていた。

 山中貞雄監督の伝説的な作品『丹下左膳余話 百万両の壺』のリメイク作(脚本:江戸木純)。オープニングとエンディングに山中貞雄の名とオリジナル脚本の三村伸太郎の名が明記されている。
 全体にオリジナル版にかなり忠実で、エピソードのいくつかとオリジナルキャラを何人か追加したような格好。基調はコミカルな雰囲気で時折ペーソスを交えていることや、あるカットでキャラが言った台詞と次のカットでのキャラの行動が正反対の“反語”的展開を時々見せるのも『余話』と同様だが、テンポの良さやリズム感はオリジナル版に一歩譲る。監督が撮影と編集も担当しているそうだが、もう少し思い切って詰めた編集にしても良かっただろう。映像も、江戸時代とは思えないほど全体に明るすぎてテレビドラマ(それも現代劇)みたい。
 また脚本的にも、全体的にオリジナル版に忠実であるため、それ以外の独自の要素の部分がどうしても冗長に見えてしまって損しているかも。オリジナリティを出すのなら、あまり原作を踏襲しすぎない方が良かったかもしれない。
 出演者は、豊川悦司は頑張っているが江戸弁の台詞回しがちょっと気になった。殺陣は、現代劇の役者としては及第点と言えるだろうか。背が高すぎて腰高になるのは仕方ないが。和久井映見のやたら気が強いお藤は意外と良かった。怒っている場面以外では、もう少し柔らか味が欲しいが。

 色々言ったが全体の作りは丁寧なので、山中版『丹下左膳余話 百万両の壺』を観たことがない人ならまずまず楽しめる出来だと思う。しかし、オリジナル版を知っているとどうしても比較してしまって点が辛くなるのは、リメイク版の宿命か。
 一つ非常に気になったのは、最初に壺を手に入れる屑屋(くず屋)のことを“回収屋”と言っていること。回収屋なんて20世紀の日本語だと思う。屑屋と称するとナントカ団体から抗議がくるのだろうか。
 テレビでもなく金を払って見に行く劇場用映画でも言葉狩りがおこなわれているとしたら、この世は闇だ……(苦笑)。(2005/08/24)

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