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東京物語 とうきょうものがたり
監督 小津安二郎
公開年 1953年
評点[超A]
感想
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東京物語
東京物語
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小津安二郎 DVD-BOX 第一集
小津安二郎
DVD-BOX
第一集

 小津安二郎監督の『東京物語』は昭和二十八年(1953)の作品。小津ワールドの金字塔。

 尾道に住む平山周吉(笠智衆)・とみ(東山千栄子)の老夫婦は、東京に住む子供たちに会いに行く。物見遊山の旅のようだが、老夫婦には「今のうちに会っておかんと」という切実な思いがある。しかし、それは子供たちには伝わらない。当初歓待してくれたものの、既に中年を過ぎて家庭を持つ子供たちには彼らの世界があって、老夫婦は決してその中へ入れないことに気づくのであった。
 子供たちは老夫婦の気持ちを思いやることなく、老人たちもそれを受け入れる。新たな命を産み育て次代へ伝えていくという生物の本能なのか。仕方が無いのだろうか。そんな中で唯一の安らぎは、戦死した次男の嫁(原節子)だった。

 小津作品の中でも特に完璧な構成のこの作品。“伏線”などというワザとらしいものではなく、登場人物の全ての行動・台詞が、あとのシーンに繋がっていく。小津と野田高梧の脚本と、小津による絵作り、全てが完璧。溝口ファンの私も、この作品の完成度は認めざるを得ない。

 もし、数時間と数百円の余裕があるならば、レンタルビデオ屋に足を運んで全ての人に観てほしい。そして、記号化されたものではない本物の感動を味わってほしい。これぞ映画、これぞ邦画。昔の日本映画って本当に凄かったんスよ。
 ヴィム・ヴェンダースが言うように、人はこの中に自分の家族の誰かと将来の自分自身の姿を見いだす。絶対観て!(2000/09/16)

東京ラプソディ とうきょうらぷそでぃ
監督 伏水修
公開年 1936年
評点[A’]
感想  今日は、藤山一郎主演の『東京ラプソディ』を観た。監督は伏水修で、昭和十一年(1936)の作品。

 東京は有楽町でクリーニング屋を営む若原一郎(藤山一郎)は、偶然その歌を聴いた女性ジャーナリスト(伊達里子)と好事家の伯爵(御橋公)によって一躍流行歌手の座に祭りあげられる。しかし、仲の良かった鳩ポッポこと鳩子(椿澄枝)との距離は遠くなるばかり……。

 当時大流行した藤山一郎の『東京ラプソディー』(作曲:古賀政男)を基にして作られた映画(原作:佐伯孝夫/脚本:永見隆二)。題名通り、東京の有楽町や銀座、神田のニコライ堂周辺などが映し出される。この歌は当時35万枚もレコードが売れたという。現在に換算すれば、ミリオンセラーどころではないだろう。
 いわゆる歌謡映画ではあるが、歌の挿入の仕方が巧みで、登場人物がいきなり会話の途中で歌い出すような不自然さは無い。ストーリーは新味のあるものではないが、展開のテンポが軽快で映像の歯切れも良く、観る前の予想よりもずっとしっかりした映画だったので、かえって驚いた。意外な佳作。特に、映像は非常に現代的というか洋画的というか、今の目で観ても不自然さはほとんど無い。ハリウッドに行った経験のある三村明が撮影を担当したことが大きな要因なのだろうか。
 登場人物やその他東京の街の人々がメドレー形式で歌いながら登場するラストシークエンスが特に心に残る。
 藤島一郎の演技は、時々台詞回しに拙さを覗かせることもあったが、観るに堪えないほどではなかった。(2004/01/14)

藤十郎の恋(藤十郎の戀) とうじゅうろうのこい
監督 山本嘉次郎
公開年 1938年
評点[B]
感想  山本嘉次郎監督の『藤十郎の恋』を観た。昭和十三年(1938)の作品。

 元禄時代の京都。当代随一の役者・坂田藤十郎(長谷川一夫)は、新境地を開くべく斬新な脚本を近松門左衛門(滝沢修)に依頼する。これまでにないリアルな作品の役作りに苦心する藤十郎は、芝居茶屋を切り盛りする後家・お梶(入江たか子)に目を止めた……。

 初代藤十郎の実話を基にしたといわれる菊池寛の有名な作品の映画化(脚本:三村伸太郎)。
 林長二郎改メ長谷川一夫の東宝移籍後最初期の作品ということで、当時人気の菊池寛の原作を得、江戸時代の劇場が大規模なセットで再現された大作になっている(元禄頃にしては立派すぎるような気もするが……元禄時分ではまだ江戸より京大坂の方が文化の発信地だったから、それくらいで良いのだろうか)。特に冒頭とラストの芝居小屋回りの雑踏の対比はスケールが大きく効果的になっている。
 菊池寛の原作は非常に有名なので、どう料理されているかと思ったら、短編をそのままあっさりで映画化したという感じで、坂田藤十郎の身勝手ぶりが目に付いてしまうような気がする。サイレント映画的な字幕の挿入や超クローズアップ、すばやいカットの切り返しなど目新しい効果が多用されているが、舞台の描写が存外少なく、歌舞伎の魅力が伝えられていないため、坂田藤十郎の芸の素晴らしさというものが表現されていないのも一因だろう。
 入江たか子は美しいものの顔かたちが整いすぎているためか、未亡人の色気・妖しさというものが感じられず、どうも藤十郎や映画の観客を惹きつける魅力に欠けるような……。(2007/02/01)

桃中軒雲右衛門 とうちゅうけんくもえもん
監督 成瀬巳喜男
公開年 1936年
評点[C]
感想  今日は、成瀬巳喜男監督の『桃中軒雲右衛門』を観た。昭和十一年(1936)の作品。

 明治時代に一世を風靡した浪曲師・桃中軒雲右衛門(月形龍之介)は、芸のためには全てを犠牲にし、久々に再会した息子(伊藤薫)のことも顧みず、若い芸者(千葉早智子)を身請けして囲ったりしていた。そんな中、下積み時代から伴奏の三味線を弾いてくれていた妻(細川ちか子)の健康が悪化する。

 原作は真山青果(脚本:成瀬巳喜男)。元が戯曲のためか長台詞が多いのだが、なんだか雲右衛門が意見されてそれに言いわけしてばかりのような感じ。月形龍之介は器用な俳優ではないので、長台詞では拙く見えてしまって損をしている。もう少し、台詞ではなく映像や人物の行動で心情を示す脚本にならなかったものか。(2003/02/10)

どうぶつ宝島 どうぶつたからじま
監督 池田宏
公開年 1971年
評点[A’]
感想
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どうぶつ宝島
どうぶつ宝島

 今日は、アニメ映画の『どうぶつ宝島』を観た。監督(演出)は池田宏で、昭和四十六年(1971)の作品。

 港町に住む少年ジム(声:松島みのり)のところに怪しげな片足の船乗りがやってきて、小箱を預けた。中には伝説的な海賊フリント船長の遺した宝島の地図が隠されていて、それをめぐってジムと海賊シルバー船長(声:小池朝雄)とフリントの孫娘キャシー(声:天地総子 )の三つ巴の奪い合いが始まる。

 スチーブンソンの冒険小説の古典『宝島』を、ジムとキャシー以外を動物に置き換えて翻案した作品。脚本は飯島敬と池田宏だが、“アイデア構成”として宮崎駿が名を連ねている(原画スタッフとしても参加)。
 かなり大胆に翻案されていて、設定を借りた創作と言ってもいいかもしれない。ジムと創作キャラのキャシーは『ラピュタ』のパズーとシータを彷彿とさせるが、キャシーはかなり強気で活発な性格の設定で、魅力的になっている。全ての登場人物がよく動き嫌味の無いキャラになっていて、教訓臭は無く、子供にもわかりやすい海洋冒険譚のエンターテインメントに徹している。『長靴をはいた猫』と『ホルスの大冒険』に比べるとあまり語られていないようが、これもまた傑作の一つだと思う。
 現在のリアル志向のアニメとは異なる切り絵調の背景が目になじむ。海面を緑にしている設定は、ちょっと驚いた。船上でのキャシーの歓迎会とラストの追いかけっこは音楽(山本直純)と動きがマッチして楽しい。(2003/03/15)

透明剣士 とうめいけんし
監督 黒田義之
公開年 1970年
評点[C]
感想  今日は、黒田義之監督の『透明剣士』を観た。昭和四十五年(1970)の作品。
 
 道場では子供にも勝てない少年・三四郎(酒井修)の父親が盗賊団に殺された。三四郎は白昼夢の中で、自分の姿を消す方法を妖怪しょうけら(沖時男)に教えられる。

 オープニング曲でわかるように、子供向け特撮時代劇。横山やすし&西川きよしや桂三枝、岡八郎などの吉本芸人たちも顔を出している。
 筋は他愛ないものだし特撮にも正直眼を見張るものは無いのだから、子供向きならもう少し展開が早くても良いと思った。また、せっかく吉本芸人が出ているのだから、彼らももっと活躍させて欲しい。(2004/04/25)

Talking Head トーキング・ヘッド とおきんぐへっど
監督 押井守
公開年 1992年
評点[D]
感想
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押井守シネマ・トリロジー 初期実写作品集
押井守
シネマ・トリロジー
初期実写作品集
『紅い眼鏡』
『ケルベロス』
『Talking Head』

 今日は、押井守監督の『Talking Head』を観た。平成四年(1992)の作品。

 製作に行き詰まったアニメを匿名で引き受ける渡り演出家の“私”(千葉繁)は、プロデューサー鵜之山(野伏翔)の依頼で、監督が失踪したある作品を手がけることになる。だが、スタッフはデスクの半田原(立木文彦)と演出助手の多美子(石井とも子)以外は役に立たず、連続殺人事件まで発生する。

 押井守の実写第三作で、脚本も押井監督による。一応ストーリーはあるが、終始、登場人物が押井監督の映画論をしゃべくりまくる。
 劇場(映画館?)を舞台に展開することやオチが『紅い眼鏡』と同じで、千葉繁など一部以外は無名の役者が延々と小芝居を繰り広げるのも他の実写作品と同じで、どう評価してよいのか困ってしまう。押井守監督は、映画に物語性を求めることは無意味だというような発言を何度もしているが、それを否定してしまうと作品として成り立たないし……。(2002/03/02)

都会の横顔 とかいのよこがお
監督 清水宏
公開年 1953年
評点[B]
感想  今日は、清水宏監督の『都会の横顔』を観た。昭和二十八年(1953)の作品。

 銀座でサンドイッチマンをしている上田(池部良)は、靴磨きのトシ子(有馬稲子)が見つけた迷子のミチコ(熱海幸子)を連れて歩いて一緒に母親(木暮実千代)を探してやる。しかし、銀座中を歩き回ってもなかなか見つからず、その上ミチコとはぐれてしまう。

 清水宏のオリジナル脚本。地方を舞台とした清水作品のように、銀座の歩道を歩く人物を長い縦移動のカメラで捉えている。
 とにかく清水監督は銀座という街の風景を撮りたかったようだ。池部良・有馬稲子・木暮実千代のほかにも森繁久彌や伴淳三郎・トニー谷といった大物が出演しているが、あくまで主役は銀座。銀座の女たちの間を飛び回る森繁の三等重役(?)ぶりは、銀座の風景に合っているような気がする。トニー谷は特異なキャラクターで、明らかに作品の雰囲気とは異質だが不協和音を通り越して、それだけでも見ものになってしまっている。伴淳はちょっと目立たなかった。
 いきなり終盤に人情噺的になったのは木暮実千代の見せ場を作るためだと思うが、最後に作品の雰囲気を崩してしまったような気がする。それと、ストーリー性が薄いので、さすがに中盤はダレ気味。
 ただし、清水流の文法で銀座を捉えた映像が面白いし、今となっては風俗資料的価値が高いと思う。(2004/09/15)

毒婦高橋お伝 どくふたかはしおでん
監督 中川信夫
公開年 1958年
評点[B]
感想
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毒婦高橋お伝
毒婦高橋お伝

 今日は、中川信夫監督の『毒婦高橋お伝』を観た。昭和三十三年(1958)の作品。

 すりや万引きを稼業にしている高橋お伝(若杉嘉津子)は宝石店で捕まったが、若い巡査・並河和馬(明智十三郎)を色仕掛けでたぶらかして逃れた。その後、手口をすっかり見抜いていた宝石店の主人・大沢伊兵衛(丹波哲郎)の情婦にされ彼の悪事を手伝って金を得るが、お伝には金を稼がねばならない事情があった。

 明治時代初期の伝説的な悪女お伝を描いた作品。実際とはかなり異なり、ストーリーはほとんどオリジナルのようだ(脚本:仲津勝義・中沢信)。新東宝らしいエロ路線を狙った作品だが、もちろん中川監督だけに、それだけではない。
 明治時代の街並みをなかなか頑張って再現しているし、偶然が作用しすぎる脚本にちょっと無理があるが、お伝が単なる悪女ではなく悪事へと引き込まれていく運命が描かれている。また、鏡や窓を使った演出も面白い。
 “お伝をめぐる五人の男”といった感じの構成だが、一番重要な並河和馬にあまり魅力を感じられないのは、弱々しい“色男”にしてしまっている脚本のせいか、あるいは演技のせいか……。丹波センセイは若い頃から迫力がある。(2004/07/24)

髑髏銭 どくろせん
監督 松田定次
公開年 1956年
評点[B]
感想
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髑髏銭
髑髏銭

 今日は、市川右太衛門主演の『髑髏銭』を観た。監督は松田定次で、昭和三十一年(1956)の作品。

 時は五代将軍綱吉の頃、江戸の町では銭酸漿(月形龍之介)なる怪人が“髑髏銭”という謎の古銭を手に入れようとする人々を皆殺しにしていた。たまたま髑髏銭に関わって殺されそうになったお小夜(長谷川裕美子)を助けた浪人・神奈三四郎(市川右太衛門)は、将軍の寵臣・柳沢保明(宇佐美諄)や豪商・銅座瀧ヱ門(進藤英太郎)も髑髏銭をめぐって暗闘しているのを知る。

 娯楽時代劇でお約束の、お宝アイテムの争奪戦だが、白黒画面を活かした不気味さが強調された絵作りが面白い。銭酸漿のコスチュームも現代人の目で冷静に見ると笑っちゃうデザインだが、月形龍之介のおかげで怖い悪役になっている。得がたい俳優だ。
 三四郎の正体は途中で見当がついてしまうが、オチは意外というかなんというか、ちょっと「え?」という感じがした。今観てもまずまず楽しめる作品で、戦前に嵐寛寿郎主演、この右太衛門版のあとにも里見浩太郎主演で映画化されているらしい(原作:角田喜久雄)。(20002/09/30)

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