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1月11日:雪の日
雪の日

雪の日の絵 320*240 12KB
 1月4日、祖母が逝った。なにせ、突然だった。昨年の12月に転倒して以来床についていて、寝たきりになるかも知れないとは思っていたが、3日に胸の痛みを訴えて病院に運ばれ、その日の深夜に緊急手術を受けたものの、倒れてから丸一日も経たぬうちに亡くなってしまった。数年前に心臓のバイパス手術を受け、八十代半ばにして成功した稀有な例としてある新聞の地方版に載せられたこともあった。しかし、今回は手術の効果も無かった。家族も皆、これほど急だとは思っていなかったようだ。
 肉親の死を迎えたのは、二十代半ばにしてこれが初めてだった。もう決して会うことはできない。本当に寂しいものだ。
 七日が通夜で、八日が葬儀。八日午前に告別式を終え、昼過ぎに市北部の火葬場に向かった。八十八歳という高齢のためか、数年前に完成した市営火葬場の火力が充分なせいか、焼き上がった骨は、本当に一握りほどと思われるほど少なかった。晩年は足が弱って歩くことが少なくなっていたが、それをあらわすように膝から下の臑〔すね〕の骨などは消えうせており、大腿骨も中間の部分が無くなって二つに分かれていた。肋骨なども姿を消し、頭蓋骨さえもいくつかに分かれて積み重なっていた。色はあくまでも白く、ごく薄く黄色がかった石灰石の色。親族が二人一組となって竹箸で拾い、残った骨を火葬場の職員がまとめて骨壺に納め、ならすために軽く押さえつけると、ガリッと乾いた音を立てて鳴った。
 この年末年始は町内でも亡くなる人が多く、いつも杖をついて散歩していた駅前の靴屋のお婆さんも、いつの間にか姿を見かけなくなったと思っていたら、正月に亡くなっていた。九十六歳だったという。
 明治・大正・昭和・平成の四代を生きた明治人たちは、ひっそりと消えていこうとしている。八日に火葬場で焼き上がるのを待っている間に降り出した雪は、骨壺を携えて寺へ向かう頃にはもう積もり始めていた。

振る雪や明治は遠くなりにけり   中村草田男

★楽描き★

 Painter5.03を使用。

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