「表」


 「太史公自序」に曰く「時を並べ、世を異〔こと〕にし、年差明らかならず、十表を作る。」と。

 以下に記す十表から構成される部分。各表は司馬遷が表した序文の後に世代または年代順に帝王・諸侯の世系や 歴史的事件などを配している。表の形式を採用したことによって、各項目の時間的関係が明らかになるのみならず、 空間的関係までも看取する事ができる(武田泰淳『司馬遷』参照)。また、これらの表は表面的な事実のみならず、 司馬遷の思想、特に封建制度を賛美する考えを読みとることができるとする説もある(伊藤徳男『史記十表に見る司 馬遷の歴史観』平河出版社1994参照)。

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「三代世表」:黄帝から周代の共和時代までを扱った表。表の冒頭に見えるように、最初に帝王世国号を配し、各帝王ごとにその子孫を配してゆく形を採っている。司馬遷が自ら「序」に言うように、上古の年代は明らかではないので年代を略して世系により表を構成した。
「十二諸侯年表」:年代が明らかになった(と司馬遷が考えた)「共和」元年(841B.C.)から周敬王43年(477B.C.)までを記す。この表は周を基準として魯・斉・晋・秦・楚・宋・衛・陳・蔡・曹・鄭・燕・呉といった十二諸侯国の歴史的事件・君主の交代などを示し、覇者と会盟の時代である春秋の世を被っている(周を除いても十三の諸侯国が扱われており題と数が合わないが、周公を祖とし後に孔子を出す魯を別格扱いしたものだと考えられる)。しかし、この「十二諸侯年表」と次に挙げる「六国表」は「本紀」や「世家」などの記述との年代的矛盾が大きく、古来議論の的となっている。
「六国表」:周の元王元年(476B.C.)から天下を統一した秦が滅亡する二世7年(207B.C.)までを記す。秦・魏・韓・趙・楚・燕・斉の「戦国七雄」が攻伐・兼併を繰り広げ、秦がついには天下を統一してゆく様を描く(これも題と国の数が合わないが、言うまでもなく後に天下を統一する秦を別格扱いしたものである)。諸侯は次々と王号を僭称し、周室の権威は全く失われた時代である戦国時代を扱い、表の後半は秦が徐々に諸侯を蚕食してゆく様を主に描く。
「秦楚之際月表」:秦の二世元年7月から漢の高祖5年後9月までの期間を扱う。「太史公自序」には「八年の間、天下三たび擅〔ゆず〕り、事繁く変衆〔おお〕し。故に詳らかに秦楚之際月表を著す。」と記されており、年表ではなく月表という異例な形を取った理由が説明されている。この表が扱う前三年間は「六国年表」が、後五年間は「漢興以来将相名臣年表」に含まれている。しかし敢えて月表を立てたのは、各地でかつての諸侯の子孫が次々に自立して王を名乗って次々と反旗を翻し、秦との戦い、あるいは相互の抗争によって激しく転変していった状況を映し出そうとしたものだと思われる。
「漢興以来諸侯王年表」:漢高祖元年(206B.C.)から武帝の太初4年(101B.C.)に至るまでの漢の諸侯王国の歴史を扱う。この年表は「序」に「大なる者は或ひは数郡、城を連ぬること数十、百官宮観を置き、天子に僭〔なずら〕ふ」とあるように漢初には大きな力を持っていた諸侯王国が「……諸侯稍〔やうや〕く微にして、大国は十余城に過ぎず、小国は数十里に過ぎず……而して漢の郡は八九十あり……本幹を彊〔つよ〕くし、枝葉を弱くするの勢いなり。尊卑明らかにして万事各々その所を得たり。」と記されているように、漢による誅滅・分割といった削剥によって徐々に力を失っていく様を描いている。
「高祖功臣者年表」:漢代の諸侯は王と侯に分けられ、この表以下三表は侯を扱い、以上の表とは異なって表の上部に各国名を配し、横格はある年代が選んで記入されている。この表では「高祖十二」・「孝恵七」・「孝文二十三」・「孝景十六」・「建元至元封六年三十六」(建元より元封六年に至るまでの三十六年間)という年代が記入され、それぞれの年の間に起こった各諸侯国の事件が記されている。
「恵景間侯者年表」:表の「序」に「孝恵より孝景に訖〔いた〕るまで間五十載……」とあるように恵帝から景帝までの諸侯国を扱う。年代は孝恵7年・高后8年・孝文23年・孝景16年・建元より元封6年に至る三十六年で区切られている。高祖の遺臣・文帝に従って代から来た者・呉楚七国の乱の際に功績を立てた者・諸侯の一族・外国より帰順した者を扱う。
「建元以来侯者年表」:上の三表同様に、最上欄に国名を並べ、その下の欄に諸侯として封ぜられた理由を述べ、表の右端に武帝時代の年号(元光・元朔・元狩・元鼎・元封)が配されている。この表で扱われているのは「序」に記されているように、盛んに外征を行った武帝時代を反映してほとんど匈奴からの帰順者や匈奴・南越征伐の際の功臣である。
「建元以来王子侯者年表」:題名にあるように、建元以後の出自が諸侯王の王子である者の年表。
「漢興以来将相名臣年表」:この表のみ「序」を欠く。最上覧に漢の高皇帝(高祖)元年以来の紀年を記し、順に「大事記」・「相位」・「将位」・「御史大夫位」の欄を配する。この表では各相・将・御史大夫の罷免や死亡などの凶事が文字を逆さまにした「倒書」で記されていることが注目される(画像を参照)。

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