TOKYO 書 2015 公募団体の今 アーティストトーク
2015年1月10日 於:東京都美術館 15:15〜


みなさん、明けましておめでとうございます。
ただいまご紹介いただきました書道一元會の日沼古菴と申します。
本日はご多用の處、大勢の方々のご来駕を頂きまして、有り難く厚く御礼を申し上げます。
この度、このような栄えある記念すべき企画展に出品の機会をお与えいただきました東京都美術館の関係者各位、また、私の出品を後押しいただきました書道一元會の諸先生方に対しまして、まずもって心より感謝申し上げます。
本当にありがとうございました。

昨年、10メートル壁面への出品の話しを頂戴してからというもの、作品の構想段階からいろいろ試行錯誤を重ねてまいりまして、本当に勉強させていただきました。

それでは、アーティストトークということでございますので、まず今回の作品についてご説明させていただきます。

この作品は、全体で一つの作品となるよう、そして、文章の構成は漢詩の起承転結をイメージしております。ただ、この起承転結を漢詩文のみ、または国詩文のみとはせずに、最初の1句目は漢詩、2句以降はそれぞれ短歌の形式をおかりしまして、お恥ずかしながら、すべて自詠の作となっております。

まず1句目は漢詩でございまして、「銀河は淡々として夜光を潟(そそ)ぎ、繊月(せんげつ)は悠々として高楼に対す」と題しまして、物語のプロローグとしたのですが、まあ、今は東京では天の川を肉眼で見ることは出来ませんが、天の川銀河が夜空を覆い、三日月よりもっと細い新月が高楼に対している様を読んでおりまして、自然の雄大さや冷淡なまでに厳格な様子を、この大字の効果とともに感じ取っていただければ幸いです。

次に2句目以降は短歌の形式ですが、まず「久方の光る銀河に対すとき 人が命の塵なるを思ふ」と書いておりまして、銀河の広大さや永遠の時の流れを考えますと人の一生のなんと儚いものかと歌っております。

3句目は、「宇と宙はひとつとなりて因果廻り永きの果てに因に帰するとぞ」と書いております。この部分が起承転結でいうところの転句となります。
ここで若干、「宇宙」についてお話させていただきます。
「天地玄黄、宇宙洪荒(こうこう)」と千字文にも出てまいりますが、
「宇宙」という言葉は、紀元前2世紀頃、ちょうど前漢の武帝時代の頃となりましょうか、当時の百科事典である「淮南子(えなんじ)」という書物の中にすでに出てくることが知られております。
「往古来今これ宙といい、四方上下これ宇という」というふうな記述があるのですが、「過ぎ去った昔」「これから来る未来」いわゆる「時間」を「宙」といい、また、「四方上下」の全方向いわゆる「空間」を「宇」としております。
皆さんよくご存じの物理学者アインシュタインは、時間と空間とをひとつのものとして取扱い、相対性理論を確立したと言われておりますが、すでに2千年以上も前に「時間」と「空間」がこの「宇宙」なのだと、ある意味アインシュタインと同じような定義付けがなされていたということは大変な驚きです。
私は深く物理学を勉強した訳ではないのですが、アインシュタインは、この宇宙は「閉じていて有限である」というふうに考えていたようで、これはどういうことかと言いますと、例えば、地球の上を真っ直ぐに進んでいくと、また元の自分の居た地点に戻ってくる、これは地球が丸いからでありますが、宇宙も同じように、どこまでも進んでいくとまた元に戻るのだと考えていたようです。
この閉じた空間の話しは、ある程度一般的に知られている有名な話しなのですが、実はアインシュタインは時間についても区別なく同列に扱っていたようでございます。
するとこの先、何千億年、何百億年経つのか想像すらできませんが、どんどんと時が久遠の如く過ぎ去った後は、またこの時に戻ってくることになります。
何かの原因があってある結果となり、その結果がまた原因となって云々・・というふうに時が流れるのですが、これから訪れる未来が、結局は今日のこの現在につながっているとなりますと、何とも想像もできない不思議な気持ちになるのですが、この世とは、空間的にも時間的にもそういうものなのかなあと思ったりしています。
この句の「因果廻り永きの果てに因に帰す」は、まさにそのことを書いております。
「とぞ」は「とぞいふ」の略でありまして、「と言われている」という意味になります。

最後の4句目です。
「さらばまた命廻りていつの日か君と逢ひ見んこの銀河夜光を」と書きまして、
このことが本当であるならば、人は皆命尽きるけれども、そののち久遠の果てには、また今日のこの時がきっと訪れ、私はまた大切な君と再会して、まさにこの今の満天の星空を見たいものだなあという歌となっております。

以上、拙い詩文ではございますが、いかがでしたでしょうか。
一言でいえば、「輪廻転生」を願う物語といいましょうか。
ただ、特に漢詩などは、平仄や韻律などの作法もあまり頓着せずに読んでおりますので、先生方の手厳しいご鞭撻をお願い申し上げる次第でございますが、私の所属する書道一元會の創始者であります田邊古邨先生も「筆とればよけれあしけれ我が歌の吾が文字となるがただ楽しくて」と歌っておりますとおり、自分で作った歌でありますので、その善し悪しは抜きにしまして、単なる造形だけの作品からでは得られない、高村光太郎の言葉を借りるならば、実際の書の線質や姿から得られる印象と歌の持つ意味との「こんぐらかり」を自分自身が楽しむことができまして、創作の喜びを大いに感じることができました。

さて、私の書風でございますが、今回の作品は、漢詩とかなを一つのものとして書いているのですが、これは全く特別なものではありませんで、いってみれば、この形式は一般の方々にとっても、至極あたりまえのものです。
例えば、年賀状には「謹賀新年」と漢詩で記しまして、そして「皆さまのご多幸をお祈りいたします」とかな交じりを書きます。
私の書の理想は、一言で申しますと「あたりまえ」です。あたりまえのものを当たり前に書いたにもかかわらず、芸術性の高い美しいものが出来るからこそ、そういう貴重なものを創造できる人間が芸術家として過去から高く評価されてきたのだろうと思っています。
皆さんもご存知の書論である孫過庭の書譜の冒頭に「即事に慙ずること無し」とありまして、「王羲之は、日常性のある書きものでも芸術性の高いものを立派に書いた」ことを記しております。こういった視点でまず羲之の書を論じているということは、孫過庭自身が、「あたりまえ」すなわち「日常の文字を書いて、それがそのまま芸術であることが書の理想である」と考えていたからに違いないと思っております。
高村光太郎の随筆「書について」には、「書はあたりまえと見えるのがいいと思う。無理と無駄とのないのがいいと思う。」とありまして、「悪筆は大抵余計な努力をしている。そんなに力を入れないでいいのにむやみにはねたり、伸ばしたり、ぐるぐる面倒なことをしたりする」とあります。この文章は、昭和14年、書道興って悪筆天下に満るの感があり、光太郎自戒のためとして記したとありますが、それから75年以上も経った今、果たして状況はよくなっておりますでしょうか。

私と書との出逢いにつきましては、私の高等学校の恩師であります、今はもう他界されましたが書道一元會の顧問をなさいました山口古堂先生と出逢ったことがきっかけとなります。今から35・6年前のことでございます。
それ以来、書の魅力に取り憑かれたのですが、それと同時に、書道一元會の設立思想に傾倒することとなりました。
私は書道一元會ではすでに孫弟子の部類でありまして、当然に創立者の田邊古邨先生のご存命中にお会いしたことがないのですが、先生の残された書物によりまして、少しでもその思想の傍に立つことができまして、先生も先ほどの光太郎のように、創作における恣意性を悉くきらっていたということが、書物のいたるところで読み解けるのであります。
「日本・中国における各書体の多様なる用筆を一元的に研究する」という目的が書道一元會に課せられているのですが、これは他に類を見ない非常に哲学的な理念でございまして、その立脚するところは、書の本質、書法の本質を追求することであり、ひいては美の本質、事象の摂理、物事の根本原理を探求するという崇高な目的をもって、諸先生方、諸先輩方、同士のみなさまが堅く結集しております。このような大変希な存在に、私は畏敬の念を大いに抱くとともに、たまらない魅力を感じているのであります。
先ほど申し上げた、羲之が即事に恥ずることがなかった理由は、羲之は他の誰よりも各書体の用筆を体得していたからであると、書譜に述べられております。
書道一元會の理想は、まさにこのことを目的としているのでありまして、芸術性の高い「あたりまえ」を実現したいという私の理想も、書道一元會・田邊古邨先生の思想の影響を強く受けたものと思っております。

いろいろ申し上げましたが、何か一つでも好きで打ち込めるものを持てるということは、本当に幸せなことでございます。
35年前に恩師と出逢い、書と出逢っていなかったら、このようなわくわくする一生は、きっと手に入れることが出来なかったのではないかと思いますと、本当に感慨無量でございます。これからも引き続き、理想の実現に向けまして研鑽して参りたいと存じます。

最後に、たまたま今日1月10日は、私の亡くなった母の命日でございます。考えますと、今日まで好きな書を我が儘放題に続けてこれたのも、やはり、私の母そして父や兄弟、また、私の家族の応援があったからこそでございまして、この場をお借りいたしまして、ありがとうと言いたいと思います。

拙いトークで、お聞き苦しい点が多々あったかとは存じますが、これをもちまして、私からは以上とさせていただきます。ご静聴ありがとうございました。