男性の書、女性の書

 書にはその人の性格なり気性なりが必ず現れますが、当然に、男女の別による気性の違いも現れます。
 一般的に、男性の書は動きが大きく躍動的で、女性の書は繊細でまとまりが良いと言われています。実は、どちらもそれが良さでもあり欠点でもあるのです。男女の別からもたらされる美しさは、個々の程度の差はありましょうが、基本的には同格であります。男女の価値が結局は同じだからでしょう。
 ところが、小学校の習字の時間に、先生がこのことを良く理解していないばかりに、大抵女の子の字を誉めてしまうことがあります。女の子の書く文字は、細かな部分にまで気を配っていて、良くまとまることが多いからです。
 男の子は一生懸命になればなるほど、余計に心が活気付いてしまい、線の動きが大きくなって字形が乱れてしまいます。先生があまり誉めてくれないので、男の子はとうとう習字が嫌いになってしまいます。
 この先生ばかりでなく世間一般には、書はまとまりの良いものだけが評価される傾向がありますが、この例のように、この時良い評価を受けた文字の美しさとは、女性の気質からもたらされた美しさで、いわば美の一部にすぎません。男性と女性の価値が同等であるならば、男性の気質からもたらされる躍動美もそれと同等に美しいはずです。
 男性も鍛練の末に字形が整いだしたあかつきには、一点一画すべての用筆を強い覇気によって統一しているため、寸分の狂いもなく空間が緊張し、鋼の響きすら聞こえてきそうなほどにもなります。
 男性もただ暴力的に強いのが良いのではなく、自分より弱いものに対する優しい繊細な心があってこそ本当に強いのであり、また、女性もただなよなよとしているのが美しいのではなく、時には子をかばってどんな圧力にも例え自分の命が無くなっても屈しないといった強靭な心が根底にあって初めて優しくなれるのです。男性も女性も、より理想的な美を手に入れるためには、お互いに研鑚していかなければなりません。