字外の筆

 書は、紙の上に墨を使って表現しますが、表現された文字は、用筆の結果であって、いわば用筆の一部にすぎません。
 あまりに唐突すぎて解り難いかもしれませんが、この「用筆の一部」ということを、文字を書くときの用筆を時系列に細かく見ていくことによって確認してみましょう。
 文字を書くには、まず筆を執って硯で墨を含ませます。そして徐ろに穂先を扱いて半紙の大きさと字粒を見当付けながら、落筆の位置を中心に腕を軽く大きく回転させ、その回転を段々速く小さくしていって的確を心掛け落筆します(これは、絶対にしなければならないということはありませんが…)。ちょうど大鷲が狙った獲物を上空から捕獲する時に似ています。
 落筆するやいなや、今度は送筆の方向と距離を見当付けながら、思ったとおりの線の太さになるように筆圧を加えます。しかし少し筆が進んだところで、最初に考えたとおりの方向や太さになっていないことに気が付き、送筆の速度などを利用しながら微妙に修正したりします。
 終筆の部分では、送筆の勢いと穂先の弾力で自然に筆が立ちますが、うまくいかなかった時には、もう一度その場で筆圧を加えその力によって跳ねかえろうとする穂先の弾力を利用して直筆に持ち込みます。
 こうして書き終えた一画ですが、また直ぐに次の画が待っています。私たちは普通、一画毎にその都度あらためて線を引くことを意識するのではなく、一本を書いている最中にいくらかでも次の画を意識していて、それは丁度、最初の一画目を書き始めるときにした旋回運動のようなものを、実は無意識にリズムとして一画目を書いているその抑揚の中で表現しています。そしてそのリズムが途切れないように、次の画へはそのリズムにあった調子で弾みを付けて、空中高く筆を移動させます。
 以上が、少し回りくどくなりましたが、用筆の実際です。
 このことから判るように、一口に「用筆」と言ってもいろいろな場面があります。
 そして、どの場面の用筆もそれ単独では成り立たず、前後の用筆に密接に関係します。したがってどれ一つとして決してゆるがせにできるものではありません。
 表題の「字外の筆」とは、今まで説明した用筆の中で言えば、まず最初の一画目を書き始める時の旋回運動や次画へ移るときの調子を持った筆の動きのことです。
 古人は「字外の筆」について、筆が紙に接している時の用筆と同等またはそれ以上に紙から筆が離れているときの用筆が大事であると伝えています。