臨書について(その2)

 今回は、臨書の第2回目として、臨書の効用についてお話ししてみたいと思います。
 書を勉強する上で、臨書は重要であると言われていますが、それでは、具体的にどのような効果があるのでしょうか。
 文字を書くには手指などの筋肉を使用するので、書の上達には、まずこれらの筋肉の鍛錬が欠かせません。
 ところが、臨書をせずに自分流の文字ばかり書いていたのでは、いつも同じような方向や加圧の要領でしか線を引かないため、一定の筋肉しか使用せず、それ以外の筋肉の発達が遅れてしまうことになります。
 そこで、師匠の手本でも古典でもいいのですが、これら他人の書いた文字を臨書することで、いつものとは違った筋肉を鍛えることができ、これによって段々と線や形に表現の幅が広がるのです。
 次に、臨書を何年も長く続けていると、目で見たものをそっくりに書く力が身についてきます。このことは、美術や絵画の世界で言われる写生力と同様のものです。それらの力とは、目で見たものを詳細・正確に認識する力や、認識したイメージをそのとおり表現するための脳から筋肉への指令の的確さということになりましょう。
 実は、人間が文字を書く場合、無意識のうちに頭の中で一定の事前のイメージを持っています。そして、このイメージどおりに表現されるよう、脳から筋肉に対して指令がなされ、書き文字となるのですが、このことは、いわば頭の中にあるイメージを臨書していると言っていいでしょう。臨書を継続し表現する力を鍛えることで、脳からの指令の的確さが増し運筆がより安定するようになります。
 これらの効果は、普段はあまり意識する必要はありませんが、ただ闇雲に書き捲くる前に、どんな効果が臨書に期待できるのか、少しは理解していたほうがよいでしょう。
 なお、臨書に選ぶ古典は、自分にない書風のものを選ぶようにすると、その分、表現に幅がでます。例えば、字姿はスマートでも懐が狭く何となく窮屈な感じの字を書く方(師匠の手本ばかり習っている方に多い)は、孫過庭の書譜などのゆったりとした古典を選ぶようにすれば、その古典がすっかり自分のものになった暁には、スマートでしかも余裕の感じられる崇高な書が書けるようになるのです。