線質と字形について

 書の面白さは、一画一画に現れる線質についてごうと音を立てて流れ落ちる滝のような厚みや勢いを感じたり、時に小川のせせらぎのようにさらさらとした繊細さを感じたり、またそれらの自由な変化の小気味良いリズムを楽しんだりするものです。
 これらのことから「書は用筆芸術である」といった理論(故田辺萬平東京学芸大学名誉教授)は経験的にも納得の行くものと思います。音楽は、演奏者が奏でる繊細な音や厚みのある音やリズムを楽しむので、言い換えれば、「書は目で見る音楽」といったところでしょうか。ところで音楽もただ良い音、繊細な音、厚みのある音だけではだめで、やは り美しいメロディーが欲しいところです。最近のポピュラーソングには、音だけはデジタル音源などを使って良い音にはなりましたが、ただドスンドスンとリズムばかりのものが多いと不満を感じているのも私だけではないと思います。
 メロディーは譜面にできることからも解かるとおり「形」として考えることができます。
 書も、音楽と同じように「線質」と「字形」に分けて整理したほうが技術を磨くうえで都合が良く、また書を芸術足らしめるためにはどちらが重要となるのかが問題にされてきました。
 以上のようなことは、昔から哲学の世界でも5本の指に入るほどの難問とさ れる「形相と質量はどちらが重要(実在〉か」というようなところで扱われ、 いまだに様々の激しい議論がなされていますが、ここではあまり難しく考えずにポイントだけを押さえておきたいと思います。
 まず話しを解かり易くするために、私たちが家を造るときのことを考えてみたいと思います。
 しっかりした住み良い家を建てるためには、住む人の生活習慣や行動パター ン、家族構成などを十分考慮した設計すなわち「形」が重要になりますが、その「形」をしっかりと実現させるためには、柱や壁、基礎に使うコンクリートなどの材料すなわち「質」を当然に吟味しなければなりません。いくら 良い設計であっても柱が腐っていたり、基礎のコンクリートがもろい物であったならば長く住み続けることはできません。反対に、いくら高価な建築材を使ったとしても、例えば住む人の家族構成をまったく無視した設計では到底安らぎを得ることはできません。
 書についてもやはり、「線質」と「字形」の双方が素晴らしいものでないとだめで、いかに活字のように寸分の狂いなく字形が整っていても、生命感のない線では美しさは半減してしまいます。逆に線質は大変動きを感じさせるものでも、字形が不安定では統一性が感じられず、ただうるさいだけの作品になってしまいます。
 現実には「線質」と「字形」の関係は密接に関係したいわゆる「相対的な独立」の関係にあって、例えば字形の狂いは線にリズムが不足していたため思ったところに起筆位置を定めることができなかったことが原因であったり、 反対に線質の生命感の無さは実は前の点画などとの位置関係のずれからもたらされたなどといったことが多く、実際の用筆の勉強にあたってはこの辺りに注意して手本を観察すると、いままで苦労していた筆使いでも案外簡単に理解することができます。