美しい線質について

 今回は、美しい書の線とはどのようなものであるかについてお話ししてみたいと思います。
 書の美は、字形からばかりでなく線の質からも感じられます。 例えば、平安古筆は非常に繊細で、流麗な感じを受けますが、これは連綿(線を切らずに複数の文字をつなげて書く)による形状の持つ印象からもたらされるだけのものではなく、細く勢いのある線の質によってももたらされているのです。
 水墨画では、例えば、木の枝を描く場合は骨力のある線を、滝のように水の流れを表現する場合は掠れの多い線を、人物などの輪郭を描く場合には微妙な抑揚によって線に太さの変化を持たせ対象が立体的に見えるような線を描きます どんなに小鳥の形はよく描けても、線が澱んでいたならば、ふっくらとした羽毛の感じや骨力があってしっかりと枝につかまっている足の感じなどは表現できません。
 これらの線は、筆の機能に従って運筆しないと上手く表現できません。懸腕直筆によって、毛筆の弾力を活かして勢いよく運筆する必要があります。
 書の線についても、このことはそっくり当てはまります。 高村光太郎は、筆の機能が活かされていない書の線のことを「死んだミミズのようだ」と言っています。
 直筆とは、線の中心を穂先が通ることが原則です。ただし、起筆の部分では、 落筆したときの穂先の方向と送筆の方向が違う場合は、当然に、一瞬この原則は崩れます。このことは線の転折部でも同じですが、これは仕方のないことで許容の範囲内です。
 毛筆の弾力を活かすとは、送筆の初期段階で筆圧を加え、毛筆の僅かな弾力を利用して送筆を直筆とすることです。水墨画で笹の葉を描く要領に似ています。
 なお、直筆は線の中心を穂先が通ることから「蔵峰」とも呼ばれ、これに対し直筆でないものは線の中心に穂先が通らず、一方に穂先が偏っていることから「偏峰」と呼ばれます。
 結局、美しい書の線とは生き生きとしていることが必要になります。