用筆の基本

 書は道具として筆を使う以上、この筆を上手に扱えないとうまくいきません。
 このため、筆の本来持つ機能に沿った理に適った用筆法を身に付ける必要があります。
 それではまず、筆の本来持つ機能とはどのようなものなのか考えてみましょう。
 筆には、大きく太いものから小さく細いものまで色々な種類があり、また、毛の長いもの短いもの、硬いもの軟らかいものなど、それらすべてを区分すべき特長して考えるとすれば、それこそ無数の形体があります。
 しかしながら、この無数の形体があるにもかかわらず、どの筆にも共通している一定の形があります。それは、「毛筆が筆管から円錐状に伸びている」ということです。稀にペンキの刷毛のように扁平なものや、日本画で使用するような小さな筆を幾つか束ねたものなどがありますが、これらは例外であります。
 この「毛筆が円錐状である」ということは、筆の機能上、どのようなことが言えるのでしょうか。
 それは、「円」であること=「どの方向にも運筆できる」ということになります。
 様々の種類がある筆も、機能面からみれば実は単純で、どんな筆でも「いろんな方向に線を引ける」という特性があることが解ります。
 文字は色んな方向の線を幾つも組合わせて出来上がっています。「永字八法」などと言われるように、横画、縦画をはじめ、右払い、左払い、転折、はね等、また、草書や仮名などでは時に右周りや左周りへ弧を描いたりと、一本の筆だけで色々な方向や形状の線を引くことが必要となります。このために筆は「毛筆が筆管から円錐状に伸びている」のです。したがって、筆の本来持つ機能とは「どの方向にも線が引ける」ということなのです。
 ところで、ここで重要なポイントがあります。それは、この「どの方向にも線が引ける」という筆の機能には、いわば一つの欠点があります。それは、「線を引き終わった後に毛筆が元の状態のように立っていないと、次なる新たな方向には線が引けない」ということなのです。毛筆が円錐状なので、筆管を垂直に持っていさえすれば、確かに最初の一画はどの方向にも線を引くことができます。ただし、何もせずそのまま収筆を迎えてしまうと、毛筆は一方向に寝たままになってしまい、二画目が一画目と違う方向の線である場合は、二画目の起筆から毛筆がぐしゃぐしゃになって線が引けなくなってしまいます。
 そこで一つの要領が必要になります。それは、毛筆の僅かな弾力を利用して、収筆までの間に、毛筆を立たせ、丁度一画目を書き始めた時のように、筆管から垂直に毛筆が伸びている元の状態に戻すのです。もう少し具体的に言えば、起筆から送筆に移った瞬間に筆圧をかけます。すると毛筆には弾力があるので、その筆圧を撥ね退けようとする抗力が働きます。この抗力によって、それまで寝た状態の毛筆が、元の垂直な状態に戻ろうとするのです。そして収筆になるころには、ちゃんと立つことが出来て、例えば二画目を一画目と反対の方向に引こうとも、穂先が割れることはありません。厳密に元の穂先の状態にそっくり復元するわけではありませんが、イメージとしてはこのように捉えてください。
 書における用筆の基本とは、結局、この要領を如何に会得するかにかかっているといっても過言ではないのです。そして、書が用筆芸術である以上、この要領を基本として、無数に存在するであろう創作場面において、さらなる高度化を目指し一生涯かけて研鑽していくものなのです。