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書評連載 〜カフカの愛したガス灯〜

佐々木浩

第8回 『ある学会報告』(『カフカ寓話集』岩波文庫所収)


 『ある学会報告』は、ブラック・コメディーだ。主人公はなんと、言葉を喋る猿なのだから。 「かたじけなくも、猿であったころの前身につき当学会で報告せよとの要請をいただき……」 という冒頭の宣誓などは、猿の癖しながら、いかにも人を喰ったギャグだ。
 アフリカは黄金海岸で捕獲されて、やがてはヨーロッパの人間の平均的教養を身につけた という猿の遍歴譚がくりひろげられる。人類への進化をたった一人、もとい、たった一匹で 経験してしまうなんて、すごい半生だ。
 ところで、筆が滑るけれど、僕は『流刑地にて』評にて述べたことをもう一度、角度を変えて 述べておく。例によって例のごとく、学会がどんな学会なのかは明らかにされない。読んで字の ごとくの学会、あらゆる意味での学会なのだ。カフカ一流の演出だな、と僕は思う。舞台上に 中途半端な道具を置かないからこそ、俳優の演技がより冴えるのだ。

 さて、『ある学会報告』の核心に迫ってみよう。
 「私は生まれて初めて、出口なしの状況に陥ったわけです」「その間にもたえず出口なしという 意識が頭を去りませんでした」「出口などはこれまでいくらでもあったというのに、いまや一つ として見つからない、まるっきり身動きがならないのです」「生きていたければ出口を見つけ なければならず、その出口は逃亡によっては開けない」「ところで出口とは何か、先生方には 正確に理解されているでしょうか。私は少々の懸念を抱かざるを得ないのです。ごく通常の、 いたって普通の意味合いで用いているのでありまして、敢えて自由だとは申したくない」 「自由などほしくありません。出口さえあればいいのです」「どんより曇った人間の目にうかがえる ような出口よりも、はてしない大海原を選びとることでしょうね」ざっと引用してみたが、猿は 学会報告にてひたすらに出口について言及する。それが人生、とでもカフカは言いたげだ。
 時計の針をぐいぐいと先に進めてみる。紆余曲折があったあげく、言葉を習得した猿は、カフカが 用意した出口をみつける。それはなるほど、猿から人間への出口なのだ。しかしながら猿は、 「ほかに道はなかったからありましてね。とまれ、まあ、自由を選ぶのは論外ということを前提 としての話ですが。」「これまでの経過、並びに到達点を勘案いたしますと、べつに不足はありません。 かといって満足もしていないのです。」という脱力した感想を抱いている。
 つまり、猿は人間になっただけでは、真の出口にはたどりつけないということだ。例えば、 結末近くで、演芸館にて、元猿という猿が、ソファーに凭れてワインを飲みつつ窓の外に目をやると、 観客が連日連夜おしかけているというエピソードが語られる。
 そこで皆さん、僕と一緒にもう一度、冒頭の宣誓へと戻ってほしい。猿はあたかも人間に学会報告を 強いられているように読めませんか。
 猿にたりない知恵は、自由を求める知恵かもしれない。カフカが、誰かが誰かの自由を封じることを 逆説的に告発しているのか、あるいは、誰かにより誰かの自由が奪われる世界にて生きてゆかねば ならないと達観しているかは、ともかくとして。