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     心に残る演奏会(2001年)

 2003年の主な演奏活動
     三つのミニコンサート
     アメリカ オハイオへの旅
     その他
     助演として

 心に残る演奏会

「秋の夜長の篠笛と人情噺」
平成13年(2001年)11月25日
百観音 明治寺 (東京・沼袋)

 平成13年、沼袋の百観音明治寺のご本堂で笛を吹かせていただきました。
 この日は、まず第一部が私(大野)と、横笛奏者・金子弘美さんで笛の演奏を、そして休憩後、俳優・冷泉公裕氏が久保田万太郎作「よこぐも」を朗読し、朗読後半に私が笛を入れました。ここ明治寺のご住職であられる草野榮應氏が、こちらでその更に二年前の’99年にさせていただいた演奏のことを覚えていてくださり、お忙しい中、情熱を持って多大なるご尽力をいただき実現した会でした。
 お庭の観音様が見守って下さる中、境内の銀杏の大木に、まさにこの日、まるで申し合わせたかのように、それはそれは銀杏の黄色い葉が、花でいえばまさに満開、という状態。これで、風が一吹きすればもう全部散ってしまうのではないか、と思われるそれはみごとな黄葉の中での会となりました。ご本堂からこのみごとな黄葉を眺めつつ吹かせていただいた経験は、何かとても大きな力の存在を感じて、私にとって今でも強く心に残っています。
 昨年(2003年)7月、まだ50代になりたてのお若いご住職の突然の訃報に接し、とても驚きました。まだこれからなさりたいこともあったのではないかと思え、とても残念に感じます。心よりご冥福をお祈り申し上げます。
 百観音 明治寺のホームページへはこちらから。

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  2003年の主な演奏活動

 三つのミニコンサート

「二人会 〜笛の音 太鼓の響〜」
平成15年(2003年)6月1日
コア石響(東京・四ツ谷)

 太鼓、獅子舞、その他いろいろなさる金子しゅうめい氏との二人会。
双方の持ち味をお互いに生かし合って独特の空間になれば、と思っています。
それぞれのオリジナル曲も含め、回を重ねる毎に面白くなってきています。
 ’03年は、この後9月12日に東京中野の野方区民ホールで、又、11月23日に埼玉県比企郡川島町の農業商工祭にて二人で演奏する場がありました。
 金子しゅうめいさんのホームページへはこちらから


「篠の会 水無月に・・・」
平成15年(2003年)6月15日
かん芸館(東京・荻窪)

 横笛奏者・金子弘美氏と、横笛の二重奏を中心とした会。お客様も笛を吹く方が多かったように思います。
そんな中の一人、朝日カルチャーセンター新宿教室出身の斉藤聡子さんが、はるばる静岡からお客様兼、お手伝いとして駆けつけてくれました。
 私にとっては、笛のみならず子育ての先輩でもある金子弘美さんとのこの会に、今まさに三人の子育て真っ最中の斉藤さんが来てくれたことは、とても嬉しいことでした。会が終わって静岡へとんぼ帰りした斉藤さんから翌日電話をいただきました。「子育てを始めて、もう7年も笛を吹く時間は持てません。でもどうしてもこの会を聴きに行きたかった。昨日の私を見て、実家の妹が、[お姉ちゃん、いつもと顔つきが全然違ったよ、本当に行ってよかったね]と言いました」と。日頃、演奏活動と子育ての中で、時として、「こんなことをしていていいのか?」というようにそれなりに悩みもしている私ですが、忙しい毎日の中にあって、変わらぬ笛への情熱を持ち続けている斉藤さんの姿をみて、そして、彼女がこの会に来てくれることで何かしら元気になってもらえたということで、「ああ、今この場を作ることができて本当によかった・・自分のしていることはとりあえず間違ってはいない・・」と逆にこちらが勇気づけられました。私達はこういう聴き手の方達に支えられているんだ、と心底有り難く思い、涙が出ました。斉藤さんや、同じような環境にいる同世代の仲間達、遠くない将来、またきっと一緒に笛を吹きましょう!!


「大野利可 しのぶえの夕べ  その6」
平成15年(2003年)7月12日
菓匠 寿々木  茶室 葉々菴(東京・原宿)

 ’97年から続けているお茶室でのコンサートの第6回目。
年に一度のペースで開いてきましが、’02は矢来能楽堂で自主公演をした為一度お休み。という訳で今回は2年ぶりの企画でした。秋のCDレコーディングも睨み、わが師、鯉沼廣行先生におそるおそる出演をお願いしたところ快くお引き受けいただきました。お陰様で30枚のチケットは発売当日、即日完売。びっくり!
 毎度緊張する空間ですが、初心にかえって・・を肝に銘じて演奏しました。

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 アメリカ オハイオへの旅
                 
 平成15年(2003年)夏、アメリカ・オハイオ州へ行って参りました。
これは本来、私的な旅行のつもりだったのですが、いろいろな成り行きからしっかり笛を吹いて来ることとなりましたので、旅行記を横笛会の季刊誌「笛竹」に投稿しました。以下はその原稿です。

 ※いきさつ
 我が家は実は、「七カ国語で話そう!ヒッポファミリークラブ」という、多言語を楽しむ活動に親子で参加しています。ここで知り合ったご近所の山田さんご一家が、ちょうど一年前、ご主人の転勤でアメリカ・オハイオに移り住むことになり、「いつか、きっと遊びに行くからね。」という言葉を交わしつつ、送別会では私も笛を吹いて別れを惜しみました。その後も山田家とはメールでつながっていましたが、今年の六月、「遊びにおいでよ。」と言ってくれたことをきっかけに、「行きたい!」という想いがムクムクと沸きあがって、「ホントにいいの?」と言いつつ気がついたら航空券をとりにいっている自分がいました。

たんぽぽファミリーホームページ:←私達のヒッポ仲間の一人、平沢小百合さんが、鶴ヶ島市(埼玉県)で主催しているヒッポファミリークラブの活動の場、「たんぽぽファミリー」のホームページです。ヒッポファミリークラブの活動にご興味のある方はこちらへどうぞ。

 ※行き先
 山田さん一家は、ご主人と奥様の左偉子さん、中一の理愛さんと小四の侑香さんの四人家族です。お住まいは、デトロイト空港から国内線に乗り換えて約一時間、ライト兄弟の出身地でもあるというデイトンの空港から近い、トロイ市というところです。日本からの一行は、同じヒッポの活動をしている遠山さん親子(お母さんのいづみさん、小三の将史くん、年長のまゆ奈ちゃん)と、小二のうちの娘・悠夏、そして私です。八月十二日から十七日の五日間、貴重なご主人様のお盆休みであるにもかかわらず、私達一行五名をなんとご自宅に泊めてくださるということになりました。

 ※たくさんの人々との出会い
 再会、そしてオハイオのとてつもなく広いコーン畑、野うさぎ。予想通りのきれいな芝生の素敵なお宅。私達をもてなしてくださった数々のことは言い出したらきりがありませんが、中でも左偉子さんが私達の為に準備して待っていてくれたのは、普通の観光旅行では決して味わうことのできない人・人・人との出会いでした。フック小学校のギボンズ先生や英語の先生でもあるフラン先生、アン先生、さおりさん、お向かいの岡田さん、千恵さん、素敵なお庭の持ち主ロンさんご夫妻、ロンさんをご紹介くださった、ジャネットさん、ご近所のギセラさん、ヴラさん、犬のメルや・・まだまだ・・それは、五日間で彼女のこの一年をダイジェスト版で味わわせてもらっているような感じでした。出発前にヒッポの仲間が用意してくれたサイン帳一冊がオハイオ滞在中の五日間で全部埋まってしまいました。それでもまだ彼女が私達に会わせたかった人全部に会えたわけではありません。たったの一年で彼女がこれだけたくさんの素晴らしい人達と出会って良い関係を築いて来た事を思う時、家族とここで数年間生きて行く、と決心した彼女の潔さとその行動力に改めて感動を覚えました。   

 ※笛の出番
 そんな訳で、会う人毎に、笛を聴いていただく機会はふんだんにありました。敷地内に蓮池のあるロンさんのお宅では夕暮れ時に蓮池のほとりで、又、テラスや芝生のお庭や学校の教室や、個人のお宅のリビング等々・・

 十六日に、理愛さん、侑香さんの通っている、オハイオ西部日本語学校の体育館で四十分間、小一から高三までの生徒さんとそのご父兄約三百名を対象に、演奏を聴いていただく機会をいただきました。こちらの学校の水口校長先生は写真撮影がご趣味(すーーっばらしい腕前です!)の素敵な先生です。ケーキ作りの上手な奥様と二人のお嬢さん、とても素敵なご一家に滞在中様々にお世話になりました。
 学校で演奏したプログラムは「笛吹き童子幻想曲」、自作の「千の風」、「島原の子守唄」、口唱歌の簡単な説明と能管の演奏、そして会場の皆さんに江戸囃子・投げ合いの太鼓の唱歌(しょうが)をしていただいて、そこに笛の音を入れるというもの。最後は「荒城の月」を演奏しました。アンコールに請われてアメリカ国歌を吹いたところ、子供達が歌い出し、その様子を見た先生方やご父兄の方々がとても感動してくださいました。これが私にとってまとまったものとしては初めての海外公演と言って良いものになりました。

 又、夕方にはトロイ市の行事で、フェスティバルオブ ネイションズというお祭りがありました。噴水広場に各国の屋台が出て、特設野外ステージでは各国の音楽や踊りが披露される、というものです。左偉子さんが実行委員になっている関係で、日本のステージに出演しました。子供達の歌と踊り(ほたるこい・かごめ・通りゃんせ)に続いて、自作「山童」、ほか二曲。最後に「アメリカ国歌」を吹いた時、観客の皆さんが総立になって目を閉じ、胸に手をあてているではありませんか。アメリカの人々にとってこの曲はいかにも特別な曲なのだな、と思いました。そして演奏終了後、五分位たった時、にわかに物凄いスコールが。うちの子供はその日の日記に一ページ全体を水色に塗りつぶして「すごい雨がふりました。」と書きました。余程、印象が強かったのだと思います。
 この年、日本は冷夏でしたが、ここオハイオでは私達の滞在中、日本の夏のように蒸し暑く、こんな夏は珍しい、とのことでした。一緒に行った遠山さんの住む川島町では獅子舞が奉納される祭礼の日には必ず雨が降ることから、「オハイオでも笛が雨を呼んだのでない?」などという話もちらほら出たり・・ホント?
 実行委員だった左偉子さんが、仕事を終えて、その日私達よりも後から帰宅しました。私達が引き上げた後トロイ市の市長さんがわざわざ日本の屋台に来て、とても良い演奏だったと、メッセージとトロイ市のロゴの入ったバッジをくださったそうです。嬉しそうに話す彼女を見て、私も勿論嬉しいと同時に、ここアメリカでがんばっている彼女達の役に立ててよかったな、と思いました。

 この日の二ヶ所での演奏と、その前日、左偉子さんの着物を借りて山田家の芝生でした三〇分程の演奏、(ご近所中がマイチェア持参で芝生のお庭に集まりました。)この三つのコンサートが私にとって記念すべきオハイオ公演となりました。

 ※後日談
 帰国後、9月にCD製作に入りました。オハイオで出会った人々の顔を思い浮かべつつ、CDの解説書に英訳をつけることを思い立ちました。思い切って左偉子さんに相談してみたところ、オハイオの仲間達でTryしてみましょう、との快いお返事。それから時差をのりこえて(?)の翻訳作業が続きました。一通りの作業が終わったときの開放感は忘れることができないものとなりました。成果の程は、是非CD「出逢い」の中でご覧いただきたいと思います。

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 その他

「野火止用水ホタルの夕べ音楽鑑賞会」
7月19日 野火止ホタルの里(埼玉県・新座市)

「十五夜コンサート」
9月20日 べに花ふるさと館(埼玉県・桶川市)

「横笛と古筝の夕べ」
12月13日 北部公民館(群馬県邑楽郡板倉町)

等、自治体の皆様にも大変お世話になりました。ありがとうございました。


「鯉沼廣行 横笛の会 風竹の韻」
平成15年(2003年)10月4日 海蔵寺(鎌倉)

海蔵寺さんの中庭が舞台となりました。出演は鯉沼廣行(篠笛・能管) 吉岡龍見(尺八) 大野利可(篠笛)
昼と夜の二回公演でした。昼は10月とはいえ、蓮池からの照り返しも眩しい太陽の下、鳥の鳴き声や赤とんぼの舞も演奏会の一部となりました。夜は、昼とはうってかわって寒いくらいの澄んだ空気の中、虫の声と笛の音が共演したのではないでしょうか。同じ場所、同じ日に同じ曲を演奏してもこんなに違った印象になるのは屋外での演奏ならでは、なのではないかと思います。ホールなどでの公演ではできない体験をさせていただきました。
写真家、前田孝雄氏によってこの時、海蔵寺の中庭で撮影していただいた写真が、CD「出逢い」のジャケット内側に使われています。

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 助演として
「沼田曜一 民話の世界」
平成15年(2003年)10月11日 菰野(三重県)町民センター

俳優であり、現代の語り部として著名な沼田曜一氏の民話・一人語りの舞台に、ご一緒させていただきました。
十数年前からこうした民話の舞台に、思えばずいぶんたくさんご一緒させていただいてきました。私の曲作りの最初のきっかけは、こういったお仕事の中から生まれた、と言えるかと思います。
いつもお元気で、お目にかかる度に変わらず夢を語っておられる沼田先生に「にんげんって、すごい!おもしろい!」ということを言葉以外の部分からも教えていただいているように感じます。
私のCD「出逢い」のリーフレットの中にも、今回、過分なお言葉をいただきました。
沼田曜一の世界(ホームページ)へはこちらから


「韓国伝統舞と響きの共演  金玉星の舞踊思潮」
平成15年(2003年)12月5日 なかのZERO大ホール

日韓を往き来して活躍なさっている、韓国伝統舞の金玉星氏のリサイタル。時々お世話になっている、埼玉県桶川市のいなほ保育園とのご縁から始まり、「南部牛追い唄」で参加させていただくことになりました。
金玉星氏は、この程、韓国で韓国人間文化財97号「サルプリの舞」履修者となられたとのこと、日本で言えば準国宝のようなもの、と伺っています。
私(大野)は、実は’99年にソウルへホームステイした経験がありまして、韓国語に少なからぬ興味がありますので、韓国語の飛び交う楽屋がとっても興味深かったです・・舞い手の皆さんに便乗してのメイクも、普段と勝手が違うので「ひゃ〜〜!」と思いつつ、結構楽しんでしまいました。

(以上、2004年1月 記)

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