懐 か し の 電 気 パ ン 焼 き 器
――  実  演  と  試  食  ――

岩  城  正  夫



 それは昭和21〜22年頃、主に東京を中心に流行った道具と言えるようです。体験した人には「懐かしの電気パン焼き器」なのですが、話に聞いただけの人にとっては「まぼろし」の存在でしかありません。
 例えば私はこれまでに次のような質問を何度も受けました。
 「その道具は東芝製ですか?あるいは日立製ですか?それともナショナル製でしょうか?」などなど。
 この質問はかつて私が江戸東京博物館で学芸員から実際に発せられたものです。
 はじめに私が、この博物館の敗戦直後・庶民生活展示コーナーになぜ当時あれほど流行った電気パン焼き器が置いて無いのかと質問したとき、逆に学芸員から問い返された質問だったのです。
 その学芸員は博物館の収蔵庫にはあるはずだといい、内部をくまなく調査してもらいましたが、どうやら姿かけらも見つからなかったのでした。
 私は、「いえいえその道具は全て庶民の手作りだったんですよ。セルフメイドだったんですよ。」と私が言うと、「その道具を作るにはニクロム線か何かを使って作ったのでしょうか?」などの質問が出ました。
 私は答えて、「じつはニクロム線のようなものは一切使用しません。材料は木の箱とブリキ板だけです。その原理は、水分を含んだパン生地の中を電流が直に流れると、生地それ自体が熱電流で熱せられパンができるのです。約25分でパンが出来上がります。」と。
 不思議なことに、箱の大きさがまちまちの道具であるのに、どのパンも25〜30分で完成(蒸らし時間10分を含む)します。
 当時私は旧制の中学生でしたが、近所の人たちや親類の人達に頼まれて、たくさんのパン焼き器を作りました。そして、それらのどれ一つとっても全く同じ大きさということはありませんでした。
 ありあわせの木の板と入手したブリキ板の大きさがまちまちだったからです。とはいえ、おおよその大きさは、縦×横が 7〜8 ×10〜15センチほどで、高さも7〜8 センチ程度であったと記憶します。
 大きさの決め手になったのは、入手した缶詰のカンの大きさでした。
 当時は戦時中に蓄えられた缶詰の残りがあちこちにあって、その空き缶を金切り鋏を使って分解しブリキ板をとります。
 当時の缶詰の高さは5〜6センチのものが多かったので、それがパン焼き器の高さを規定します。
 木箱の左右の内側にブリキ板を貼り付けるのですが、入手したブリキ板の幅が5センチだとすると、木箱の高さはそれより2〜3センチほど高くするのが適当のようでした。
 この道具が、どこからどのようにして伝わってきたのか、また、どのようにして消滅してしまったのか、今となってみると よくわからないのですが、私自身の体験を思い出してみると、学友から噂話を聞いたので、自分でそれを実際に作ってみたところ成功したということです。
 見本を見たわけでもなく、まして寸法などは全く不明でした。
 しかし当時の私は電気に関する実験というか悪戯を数多く手掛けた体験があり、話を聞くとすぐ実験にとりかかり、1日のうちに成功させました。多分それは昭和21年だったと思われます。
 そのとき私は旧制の中学生でした。その秋頃からは受験勉強に忙しくなり、私自身が電気パン焼き器にかかわる時間は無くなったと思われます。
 昭和23年の春には私は旧制専門学校に入学しました。そこの食堂ではすでに米のご飯の定食が食べられました。また近くのそば屋では日本蕎麦やうどんの他に中華ソバ(その後ラーメンと呼ばれる)も食べられました。そして多分その頃には私の身辺では電気パン焼き器のことは話題にもならなくなっていました。
 断定はできませんが、たぶんその頃にはすでに電気パン焼き器は消滅していたかもしれません。

                                       
 さて、私の関心事はつねに「使用されつつある道具」にあります。現代の道具はもちろんですが、それが過去の道具であったにしても、たんに置かれた状態の道具にはほとんど関心が沸きません。
 その過去の道具を使用状態にもっていって、その働きを考えようとする立場が私のものです。
 ですから昭和21〜22年頃に流行った電気パン焼き器についても、ただそれを展示するのではなく、実際にパンを作ってみて、さらにそれを皆さんに試食してもらって、その上でその道具のことを考えていただきたかったわけです。
 道具についての私の考え方はつねにそのようなもので、例えば、古代発火法に関しても、古代の発火具を展示してみせることですませるのではなく、必ずその道具を実際に使用して、実際に発火させてみせるわけです。
 私のささやかな体験から言えることと言えば、実際に自分自身で再現してみないうちは、本当のところはなかなか判らないということです。道具そのもののことを如何に詳しく調べてみても、またその道具を使用している現地人・あるいは先住民から話を如何に詳しく聞き取ったとしても、あんがい判ったつもりになったようで実際は判っていないということがしばしばあるということです。これは自戒の念でもあります。
  (元原稿は 2008 年 3月に執筆され、当時の「道具学会」で発表されたものだが、その後、2012年 1月に、ほんの一部ではあるが表現を修正した。)                                            




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