2000/04/04



和智正喜プロフィール
○1964年(昭和39)年1月31日
 東京都杉並区高円寺、K産婦人科にて、午前三時頃、出生。すべての始まり。
 水瓶座。血液型A型。
○1970(昭和45)年4月
 杉並区立杉並第八小学校入学。
 その年の夏、大阪万博を見に行く。
 頭はいいが、嫌な性格の子供時代。
○1976(昭和51)年4月
 東京都武蔵野市にある、私立成蹊中学に入学。
 この頃から、将来は物書きになりたいという、暗い情熱を抱く。
 卓球部に入るもすぐやめる。
 暇つぶしで始めた図書委員会の仕事で、後の人生に深く関わる友人たちを得る。
○1979(昭和54)年4月
 そのまま成蹊高校に進学。
 三年間、ブラスバンド部で活動。トロンボーンを担当。僕の吹くトロンボーンが抜けても大勢に変化ナシとの理由で、高校二年のときから指
揮者も兼任。学校は休んでも、部活には行くような生活を送る。
○1982(昭和57)年4月
 明治大学文学部文学科演劇学専攻入学。
 映画などを作り始める。
○1984(昭和59)年
 大学三年。青山のシナリオセンターに通い始め、シナリオの勉強を始める。
 小学館の「少女コミック」の漫画原作コンテストで最終選考まで残り(内容は高校時代の経験を元にした、ブラスバンド部のお話)、期待して
最終発表を待つが、「今回は全体に低レベルで」という氷室冴子先生のコメントつきで、入賞作はなしで終わる。割と憤る。
○1985(昭和60)年
 大学四年。
 就職活動を始めた友人たち、留年を決めた友人たちを横目で見ながら、漠然と焦る。
 この頃、いくつかのシナリオコンクールに応募し、だいたいは最終選考まで残るが、それ以上は行かず。
 夏、東映動画の入社試験を受けようとするが、履歴書と作文だけで落とされる。
○1986(昭和61)年3月
 明治大学卒業。
 無職となる。
 
 同年春。
 エニックスでゲーム制作の仕事(実際、仕事と呼べるようなものではなかったが)を開始。
 当時の同社は、新宿の大ガード近くの古い雑居ビルのワンフロアを借りている、小さな会社だった。
 同年年末。
 芳文社「別冊週刊漫画TIMES」にて、漫画原作者としてデビュー。
 読み切り漫画「ジグザクストリート」(名誉のためにつけ加えておくが、本人のつけたタイトルではない)。
 いわゆる「原稿を書く」仕事で初めて収入を得る。原稿料は税込み五万円。当時は大金だった。
 
○1987(昭和62)年
「別冊週刊漫画TIMES」誌上にて、月に一本ペースで読み切り漫画の原作を執筆。
 第一回フジテレビヤングシナリオ大賞で最終選考に残る。
 賞金として五万円貰うが、事務処理の関係で「賞金」ではなく「ギャラ」扱いということで、10%の源泉徴収をされる。金額にしてみれば僅
か五千円のことだが、当時は本当に貧乏だったので、かなり憤慨する。これでシナリオの仕事への情熱を失う……って思ったあなた、それは
いくらなんでも穿ちすぎ。
○1988(昭和63)年
 春。
「別冊週刊漫画TIMES」誌上で初連載「女たちに乾杯」、連載開始。
 内容はなんと、銀座のホステスさんの話!
 しかし、連載三回目の原稿を書いたところで、些細なことから担当編集者と大喧嘩。JR水道橋駅で立ち回り。駅前派出所のおまわりさん
に、やんわりと叱られる。
○1989(平成元)年
 この頃、ファミコン用RPG「くにおくん」を制作。
 ゲームデザイン、シナリオなど、ほぼひとりで進める。今井修司さんがキャラクターデザイン。
 今の目で見ても、割といいものに仕上がりそうだったが、様々な理由で結局、ゲームは出ず。
注/「くにおくん」のテクノスジャパンはすでに倒産。
 12月。
 小説デビュー作「センチメンタル・ハイ」刊行。
 これですべてがうまくいくと、深刻な勘違いをする。
○1990(平成2)年
 某出版社に小説の持ち込みをするが、ほとんど相手にされず。
 お世話になっていた編集プロダクションが全面的に編集業務を行った、ゲームボーイ専門誌「GB−Press」の創刊に立ち会う。この雑誌の
仕事のおかげで、生活は割と安定。
○1991(平成3)年
 春頃から、ゲームソフト「シャイニングフォース」の制作に着手。
 仕事関係の友人たちと、早稲田鶴巻町に事務所を開設。
 古い民家を改造したアパートの一階部分。八畳・四畳半・台所・風呂。庭つき(^^;
 虫が多くて困ったが、非常に趣のある物件だった。
○1992(平成4)年
 3月。
 いろいろあったが、「シャイニングフォース」発売。この作品の印税で実家を建て増し、自分の部屋を作る。
 
 春。「空飛ぶ! 竜峰学園」の初稿を完成させる。
 夏前、「竜峰学園」と「スクラップ!」の原稿を携え、小学館を訪ねる。
 結局、「竜峰学園」の方が通り、書き直しを始める。
 事務所、早稲田から高田馬場に引っ越し。
○1993(平成5)年
 6月。「空飛ぶ! 竜峰学園 VOL.1 はじまりの魔法」発売。
 8月。「空飛ぶ! 竜峰学園 VOL.2 学園、浮上」発売。
 11月。「空飛ぶ! 竜峰学園 VOL.3 よみがえる言葉」発売。
 年末。「ポポロクロイス物語」制作開始。
 同時に、小学館「ゲーム・オン!」で小説初連載作品「カラーズ」連載開始。
 
○1994(平成6)年
 2月。「空飛ぶ! 竜峰学園 VOL.4 諸君、反撃だ」発売。
 7月。「銀の腕輪のユーリ VOL.1」発売。
12月。「カラーズ VOL.1」発売。
○1995(平成7)年
 八月。19回目にして、「カラーズ」連載終了。
「カラーズ VOL.2」発売。
 
○1996(平成8)年
 4月。「銀の腕輪のユーリ VOL.2」発売。
 夏前。 某出版社で新作「R」の準備を始める。
 7月。 二年半を費やした「ポポロクロイス物語」発売。順調なセールスに一安心。
 8月。「カラーズVOL.3」発売。
○1997(平成9)年
 3月。新作「R」完成(現在も未発売)。
 5月。新作ゲームシナリオ(「クライマックスランダーズ」)の制作に着手。
○1998(平成10)年
 3月。事務所引っ越し。以前の場所から百メートルほどのところ。
○1999年(平成11)年
 7月。ドリームキャスト用RPG「クライマックスランダーズ」発売。